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- 言語はこうして生まれる
- 価格:2,970円(税込)
デンマークの認知科学者とイギリスの認知科学者による『言語はこうして生まれる 「即興する脳」とジェスチャーゲーム』が刊行された。
なぜ世界の言語はひとつではなく、7000以上もあるのか。専門の学者ですら言語の仕組みを理解するのは難しいのに、ほとんどの4歳児がそれを身に着けられるのはなぜなのか。
『言語はこうして生まれる』の著者たちは、これまでの言語についての理解を覆し、言語がジェスチャーゲームのようにして誕生すると提唱する。言語は、相手に何かを伝えたいという一瞬一瞬の必要から、ジェスチャーゲームのように即興的に生まれる。そのジェスチャーが繰り返されるうちに、単純化され、様式化されることで、言語というコミュニケーションの体系が生まれるのである。
ここでは、そうした言語が生成される過程を1769年のクック船長とハウシュ族の出会いから描いた第一章の一部を公開する。
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クック船長とハウシュ族の出会い
一七六九年一月十六日午後二時、数日にわたって激しいスコールにさらされてきたエンデバー号のクック船長と乗組員は、ついに錨いかりを下ろすことができた。そこは南米大陸の南東端に位置するティエラ・デル・フエゴの小さな湾、バイア・ブエン・スセソ(グッド・サクセス湾)だった。金星の太陽面通過の観測を目的にタヒチに向かっていた一行は、このあと二カ月にわたって空と海しかない南太平洋を横断するにあたり、できればここで新鮮な水と薪を補給しておきたいと思った。夕食後、クック船長は同行していた植物学者のジョゼフ・バンクスとスウェーデン人博物学者のダニエル・ソランデル博士とともに数人の仲間を引き連れて、水を探すため、そしてクック本人の記述によれば、なんと「現地人と話をするため」に陸に上がった。
まもなく一行は、三〇人から四〇人ほどの現地民の集団に遭遇した。これはおそらく狩猟採集民のハウシュ族の一団だったと思われる。彼らは砂浜の向こう端はしから現れたものの、すぐに後ずさっていった。バンクスとソランデルがクックの一団から離れ、一〇〇メートルほど前進する。ハウシュ族のほうからも、二人が五〇メートルほどヨーロッパ人に向かって進み出てきた。そして小さな棒を振りかざしたあと、その棒を投げ捨てた。クックたちはそれを、現地民に敵意がないことのしるしだと解釈した。実際、その推測は正しかった。バンクスによれば、クックたちがハウシュ族に贈り物を差し出すと、相手は「ぎこちない身ぶりでいろいろと友好のサインを送りながら受け取った」。ハウシュ族のうちの三人は船にまで乗り込んできて、パンと牛肉を(とくに感激してもいなさそうな様子で)食したが、ラム酒とブランデーについては、喉が焼ける身ぶりをして断った。「二時間ほど船で過ごしたあと、陸に戻りたいとの要望を示したので、小舟を用意して彼らを送り届けさせた」とバンクスは記している。
なぜことばが通じなくてもコミュニケーションが取れたのか
この出会いに関して最も驚くべきは、これが実際に起こりえたことだろう。ハウシュ族とヨーロッパ人とでは、これ以上ないというぐらいに違っている。たとえば身なりだ。どちらの集団の格好も、相手からすると同じぐらい奇妙で異様なものに見えただろう。ヨーロッパ人がこの時代特有の、シャツにチョッキにジャケットに膝丈ズボンに帽子という格好をしていたのに対し、ハウシュ族が―女も男も―身につけていたのは、アザラシやグアナコ(家畜化されたラマの祖先にあたる野生動物)の皮でできたマント一枚で、それで肩から膝までを覆っていた。しかもクックによれば、「女性はいちおう陰部を皮の切れ端で覆っているが、男性はそうした礼儀をまったく考慮していない」。ハウシュ族の住む家は、丸太を組んで枝と草で覆ったミツバチの巣のような形の小屋で、出入り口が一つ、炉と向かいあわせに設けられていた。食べるものに関しては、女性がさまざまな甲殻類を採集し、男性が弓矢でアザラシを狩る。ヨーロッパ人が見たところ、ハウシュ族には政府らしきものも宗教らしきものもなさそうで、小舟すら見当たらなかった。これだけの違いがあったことを考えると、いったいなぜ、と疑問が湧く。どうしてクックは自信満々に「現地人と話をする」つもりでいられたのだろう。どうして船でやってきたヨーロッパ人探検家の一行と、世界から隔絶した狩猟採集民の共同体が、首尾よく贈り物や食べ物を交換できたのだろう。そしてエンデバー号を見に来たハウシュ族はどうやって、そろそろ陸に戻りたいとの要望を示せたのだろう。
「咳払いして痰を吐き出すときのような音」の言語
普通、二つの集団のあいだに共通の言語がなかったら、コミュニケーションをとるのは無理に思える。実際、乗組員の一人で、このあとジャワ島で赤痢にかかって亡くなったスコットランド人の若い植物画家シドニー・パーキンソンの記述によれば、ハウシュ族の言語は「われわれの誰一人として理解できない」ものだったという。クックたちが話すのは英語とスウェーデン語で、おそらく一行のなかには、ラテン語とフランス語とドイツ語を少々解する者もいただろう。これだけでも十分に多様な言語だと思うかもしれないが、これらの言語はすべて「インド・ヨーロッパ(印欧)語族」という同じ語族に属しており、したがって共通点もたいそう多い。発音や品詞(名詞、動詞、形容詞、副詞など)の種類はいずれも似たようなもので、文法や語彙、さらには文学的伝統さえも相互に関連している。五〇〇〇年ほどさかのぼるだけで、エンデバー号の乗組員が話していたすべての言語の共通祖先が見つかるだろう。
一方、ハウシュ族の言語については、ほとんど何もわかっていない。この言語の話者はいつの時代でもせいぜい数百人程度だったと見られ、文字にされることのないまま一九二〇年ごろに最後の話者が亡くなった。バンクスはこの言語について、「喉から声を出すような発音で、とくにいくつかの単語を発するときは、ちょうどイギリス人が咳払いして痰を吐き出すときのような音を出す」と書き残している。ハウシュ語がインド・ヨーロッパ語族とどれだけかけ離れているかを推測させるもう一つの手がかりは、ハウシュ語よりはまだいくらか研究されている近隣のオナ族の言語で、ハウシュ語と同じくチョン語族に属するオナ語から得られる。オナ語には母音が三つしかなく、二三個の子音の多くはヨーロッパ人にとってまったく耳慣れないものである。インド・ヨーロッパ語族には品詞の種類がいろいろあるが、オナ語には名詞と動詞の二種類しかない。また、英語では標準的な語順が主語、動詞、目的語の並びになる(たとえば John eats porridge[ジョンは][食べる][お粥を])が、オナ語では――および、おそらくはハウシュ語でも――逆に目的語、動詞、主語の順になる(porridge eats John)。
これではヨーロッパ人とハウシュ族とのコミュニケーションなどとうてい望めなかったのではないかと思われる。しかも、両者は共通言語を持たなかっただけでなく、人生経験の面でも、伝統の面でも、世界についての知識の面でも、大きく違っていた。ある飲み物を酒と見なせばよいのか毒と見なせばよいのかも、両者ともに確信できなかっただろう(ハウシュ族が酒のグラスにほとんど口をつけずに返したことを思い出そう)。何がありがたい贈り物で、何が武器なのかもわからなかったはずだ。にもかかわらず、両者は互いにコミュニケーションと協力がかなうと思い、実際にも成り立った。意思の疎通を図りたいという強い願望によって、どういうわけか、埋められるはずのなさそうな溝を埋められたのである。
急速にこしらえられる新しい言語体系
海岸で向かいあった二つの集団から二人ずつが進み出て、疑いなく恐怖を抱きながら、じりじりと互いに近づくところを想像してほしい。そこで伝えられようとしているメッセージは明らかだ―私たちはあえて自らを危険にさらしています。攻撃しようなんて考えていません。なぜなら友好的な交流を望んでいるからです。ハウシュ族がいったんは棒をかざしながら、すぐに捨てたのを思い出そう。つまり彼らは武器を持っていたが、それを使う意図は持っていなかった。だからその身ぶりによって、自分たちから危害を及ぼすつもりがないことを示したのである。この両者は要するに、いちかばちかのジェスチャーゲームをやっていた。言葉の代わりに動作を使って、文化の壁と言語の壁を越えようとしていた。
両者のあいだに共通言語はなかったが、もちろん両者とも、相手に言葉でのコミュニケーション手段があることはわかっていた。ただ、それを自分たちが理解できないだけなのだ。バンクスもそう思っていたからこそ、ハウシュ語がちっともわからないながらにこう述べている。「彼らのところで過ごしていたあいだにわかった言葉は二つだけだ。Nalleca というのは玉のことらしく……oouda は水のことらしい」。バンクスの認識は正しかった。たしかに人間の社会はさまざまで、テクノロジーでも農業でも経済でも、その複雑さの程度に大きな違いがある。しかし、言語のない人間集団には世界のどこに行っても出くわさない。実際、このあと見るように、異なる人間集団のあいだに共通言語がないときは、新しい言語体系が急速にこしらえられるものなのだ。
モーテン・H・クリスチャンセン ニック・チェイター 塩原通緒訳
モーテン・H・クリスチャンセン……デンマークの認知科学者。米コーネル大学のウィリアム・R・ケナンJr.心理学教授。デンマークのオーフス大学でも言語認知科学の教授を務める。ニューヨーク在住。
ニック・チェイター……イギリスの認知科学者・行動科学者。英ウォーリック大学行動科学教授。単著に『心はこうして創られる:「即興する脳」の心理学』がある。オックスフォード在住。
塩原通緒……訳書にスティーヴン・W・ホーキング『ホーキング、ブラックホールを語る』、ダニエル・E・リーバーマン『人体600万年史』(共に早川書房)、スティーブン・ピンカー『暴力の人類史』(共訳、青土社)など多数。
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