「組織を使って仕事をする」大企業のサムライたちの背中

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どんがら : トヨタエンジニアの反骨

『どんがら : トヨタエンジニアの反骨』

著者
清武, 英利
出版社
講談社
ISBN
9784065311578
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

「組織を使って仕事をする」大企業のサムライたちの背中

[レビュアー] 碓井広義(メディア文化評論家)

 スポーツカーの魅力とは何か。様々な意見があるだろうが、運動性能とデザイン性は外せない。低重心や絶妙な重量バランスが生み出す軽快な動き。セダンやワゴンとは一線を画す独特の美しさ。走る楽しみを追求したのがスポーツカーだ。

 本書はスポーツカーの開発に挑んだエンジニアたちを描くノンフィクションである。舞台は世界屈指の自動車メーカー、トヨタ。2012年4月に発売された「トヨタ86(ハチロク)」の誕生秘話だ。書名の「どんがら」とはエンジンも座席もない、がらんどうの試作車を指す。

 主人公はチーフエンジニアの多田哲哉だ。大のスポーツカー好きで、間もなく50歳になろうとしていた多田が、上司から「スポーツカーを作れ」と言われたのは07年1月。かつて「カローラレビン」などを手掛けていたトヨタだが、8年前の「MR-S」を最後に新しいスポーツカーを世に送り出していなかった。

 ここから多田の人集めが始まる。その過程は黒澤明監督の映画『七人の侍』を思わせる。エンジンがわかる者、ボディの設計ができる者、サスペンションに詳しい者、さらに全体のカネと日程を管理する者などが必要だ。しかし、多くの部署が人材を供出することを渋った。

 スポーツカーの開発は一千億円も投資する大事業だ。それでいて一般車のように大量に売れるものではない。どんなエンジンを使って、どんな車を作るのかが鍵となる。多田は最終的に富士重工(スバル)の水平対向エンジンを使ったFR車を選ぶ。FRとはフロントエンジン・リアドライブ。後輪駆動車はスポーツカーの代名詞だ。他社との協働も画期的なことであり、やがて完成した「86」は好調な売れ行きをみせた。

 出世のために仕事をしない。はっきりとモノを言い、自説を通す。組織に使われるのではなく、組織を使って仕事をする。そんな男たちの背中に拍手を送りたくなってくる。

新潮社 週刊新潮
2023年3月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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