韓国でも学生時代に流行った『SLAM DUNK』 韓国人エッセイストが語る日本の文化と「わがままに生きる」こととは?

インタビュー

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あなたを応援する誰か

『あなたを応援する誰か』

著者
ソン, ミファ, 1982-桑畑, 優香, 1968-
出版社
辰巳出版
ISBN
9784777829811
価格
1,430円(税込)

書籍情報:openBD

韓国でも学生時代に流行った『SLAM DUNK』 韓国人エッセイストが語る日本の文化と「わがままに生きる」こととは?

[文] 桑畑優香(翻訳家)


韓国でも流行の「スラムダンク聖地巡礼」

韓国で2013年に刊行されてから、27刷りのロングセラーとなっているエッセイがある。画家でエッセイストのソン・ミファ(41) が書いた『あなたを応援する誰か』だ。日本でも翻訳され、辰巳出版から出版されている。

芸能界にファンがいることでも話題になっている。「東方神起」の元メンバーで現在は日本のバラエティなどでも人気の歌手ジェジュンは、SNSで本を紹介。「BTS」のリーダーRMの愛読書としても有名だ。

本を執筆したソン・ミファは、幼い頃から日本のカルチャーが好きで、多くの影響を受けてきたという。日本の映画やアニメも好きだというが、いま韓国で映画が大ヒットし観客動員400万人を突破した『SLAM DUNK』は、彼女の学生時代にも流行っていたという。

韓国の人々を惹きつける彼女が語る「わがままに生きることの大切さ」や、影響を受けた日本の文化とは? 特別著者インタビューでお届けする。

韓国で「プレゼントに選ばれた本」ベスト3

――『あなたを応援する誰か』は、ソン・ミファさんの最初の本です。書き始めたきっかけを教えてください。

もともと文章ではなく、絵を描いていました。大学を卒業してから小さな子どもたちとアートで遊ぶ講座の講師として働きながら、悩みを抱えた子がアートで変化するのを目の当たりにしました。そのうちに、絵と文章で誰かを癒し、思いを分かち合える本を出版できたらいいなと願うようになったんです。出版してくれる会社を自分で探したのですが、10年前は、イラストエッセイがまだあまりポピュラーではなく……。出版エージェントや関係者が参加する集まりに顔を出し、勇気を出して「こんな企画はどうでしょう?」と提案しました(笑)。関心をもってくださった方が、出版社を紹介してくださって本を出すことができました。

――韓国では大手書店の「プレゼントに選ばれた本年間ベスト3」にランクインし、ステディーセラーになっています。読者の反応はいかがでしたか。

読者の方から、メッセージをもらったことがあります。その人は、心がとても落ち込んでいて、病院に相談に行った帰りに本屋を見つけて入ったときに、『あなたを応援する誰か』を見つけて、一気に読んだそうです。そうしたら心がとても穏やかになって、すごく良かったと。そのメッセージを読んだ時のことは鮮明に覚えています。どこかに行くために地下鉄に乗っていて、「あ、メッセージが来た」と開いた瞬間、泣きそうになりました。

また、出版社を通じてわたしにメールを送ってくれた人もいました。男性の方です。会社がつらくて、体調が悪くなったというその人は、小さな子どもがいる家長として未来がすごく不安で、悩んでいました。そんななか、『あなたを応援する誰か』を読んで、救われた、と。わたしのSNSにもメッセージを書いてくれる人もいます。著者にメッセージを送るというのは、勇気がいることですよね。そういうメッセージをもらうたびに、もっと良い作品をつくりたいと思うんです。

ジェジュンが共感した「利己的でも大丈夫」

――ジェジュンさんが「利己的でも大丈夫」のページをSNSでシェアしたことがありました。

「利己的でも大丈夫」(『あなたを応援する誰か』より抜粋)

すごく驚きました。ありがたい気持ちでいっぱいです。わたしのイラストと文章が、少しでも癒しになったのであれば、とてもうれしいです。

――「利己的でも大丈夫」は、「もう少しわがままになっていい」という言葉が印象的なエッセイです。どんな気持ちで書いたのでしょうか。

当時、30代になるタイミングでしたが、わたしはわがままになれなかったんです。やりたいことややらなければならないことがたくさんあって、ひたすら前だけを見て走り、周りの人との関係にも気を使いながら生きてきた。でも、一生懸命やってもうまくいかないこともありますよね。人間関係で傷ついたり。自分と誰かを比較していたんですね。SNSを見ながら、「あの人は幸せそうなのに、わたしはどうしてこんなふうなんだろう」って。でも、考えてみたら、それぞれの生き方は違って当然だし、幸せそうに見えても実際はどうかわかりません。それなのに、自分を責めてばかりいたんです。

だから、自分を愛する方法について深く考えるようになったんです。「利己的でも大丈夫」というのは、自己中心的という意味とはちょっと違います。自分を愛してこそ、余裕が生まれ、誰かを心から愛することができる。ある瞬間、そのことに気づいてから、「ああ、自分を愛する方法を知らなかったからうまくいかなかったけど、少しずつ努力して自分を大事にする術を学んでいこう」と思うようになったんです。

――本書の中でソン・ミファさんが一番好きな文章はどれですか?

「最初」というタイトルのエッセイです。その中の「ありもしない未来を恐れる必要はない。明るい夢を抱けば、何かが生まれるはずだから。それに、もし何かが起きても、きっと乗り越えられるはずだから」という部分が好きです。本を読むたびに好きな文章が変わるのですが、いまは3月ですよね。一年の始まりだからかもしれませんが、この文章が心に迫りました。これは、自分自身にかけた言葉だったんです。わたしはすごく怖がりなんです。何かを始める時に「どうしよう」と心配して、友達に相談したり。このインタビューの前も、ドキドキしていました(笑)。でも、実際にやってみると、乗り越えられることが多いんです。昔も、いまも。だからわたしは何かを始める時に、「きっと乗り越えられるはず、大丈夫」って自分に言うんです。そんな気持ちを文章にしました。わたしだけでなく、何かを始める時になかなか一歩を踏み出せない人を周りでたくさん見てきました。だから、この言葉が誰かにとって応援の言葉になるんじゃないかな、と思ったんです。


「最初」(『あなたを応援する誰か』より抜粋)

「SLAM DUNK」が韓国でも学生時代に流行っていて…

――日本の作家や作品で影響を受けたものはありますか?

幼いころから日本のカルチャーが好きで、多くの影響を受けています。益田ミリさんの本がとても好きで、出版されたものはすべて買い、何度も読みました。ジブリのアニメのDVDをたくさん持っていて、『となりのトトロ』や『魔女の宅急便』『風の谷のナウシカ』などを何回も観ました。日本の映画も好きで、『ラブレター』は、毎年冬になるたびに観ています。

日本には独特の色合いがあると感じています。清潔感があり、原色ではなく、すごくあたたかい。もしかすると冷たいかもしれないけれど、あたたかい。抽象的なので、うまく伝わるかわかりませんが……そんな日本の色合いが大好きなんです。

――日本に来たことはありますか。

是枝裕和監督の作品が好きで、『海街diary』ロケ地の鎌倉を訪れたこともあります。『海街 diary』に登場するお店に行ってシラス丼を食べたり、自転車に乗って海辺を走ったり。『SLAM DUNK』に出てくる踏切を見て不思議な気持ちになったり。

――『SLAM DUNK』も好きなんですね。

はい。今、映画が人気ですが、学生時代にもすごく流行っていたんです。『SLAM DUNK』は、ライバルでも悪い人はいませんよね。イラストを描くときのポジティブな姿勢も、もしかすると『SLAM DUNK』の影響を受けているかもしれません(笑)。

日本の読者に贈るメッセージ

――3月は、日本では学校や仕事など、新しいことに向けて動き出す季節になります。新しい未来に向かう人に、本書からおすすめの文章を教えてください。

わたしは「やり直せばいい」という言葉が好きなんです。何度もやり直すことで、自分に新しいエネルギーが湧き、想像もしなかった新しく面白いことが起きるかもしれない。だから、「やり直す」ことを怖れずに、一歩を踏み出してほしいと思います。そばにいる誰かをお互い応援しながら。

「やり直せばいい」

“はじめての場所に行くときは
道を間違えてはいないかと、何度も地図を確かめる。
周りをよく見て、標識通りに進み
道を尋ねたりもするけれど、
それでも、
とんでもない場所にたどり着いてしまうことがある。
そんなときわたしは、出発点に戻って道を探し直す。
方向音痴だから
ちょっとは焦ってまごつくけれど、
また同じ道を進む過ちは繰り返さない。

次に進んだ道がまた間違っていたとしても
最初にいた場所に戻って、出直せばいい。

目的地までたどり着くのに
時間が少し余計にかかるだけ。
やり直せば、それでいい。

苦労してやっと見つけた道ならば
二度と迷うことはないはずだから。”


「やり直せばいい」(『あなたを応援する誰か』より抜粋)

取材・文:桑畑優香

辰巳出版
2023年3月 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

辰巳出版

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