マンションに着くと、パトカーが何台も止まっていて、映画で見るような黄色いテープが、周囲にたくさん張られていた。警察官も何人もいた。その中の一人に、家に入れないから鍵を開けて欲しいと言われた。言われるがままにドアを開けようとしたが、鍵穴に鍵を入れる自分の手が小刻みに震えている。
なんとか鍵を開けると、警察官が一斉に家の中に入って行き、僕は外で待っているようにと言われた。3月末の夜、寒さのせいなのか、恐怖からなのか、手の震えが体全体に広がる。それまで体験したことのない震えだった。
しばらく待っていると、家の中に入るように促された。「部屋の中で、男性の方が亡くなっています。その遺体を確認して欲しい」と言われた。男性の遺体。それは、もしかして。案内されたのは、玄関からすぐそばの、義父が使っていた部屋だった。
そんなはずはない。絶対にない。祈るようにして部屋の中に入っていくと、見覚えのある背格好の人が床に横たわっていた。半年前に比べると、お腹の膨らみがとても大きくなっていて、ああ、あっちの家で幸せに暮らしていたんだなと場違いな思いが頭をよぎった。
顔全体にガムテープが巻かれていたが、義父に間違いなかった。顔の他にも、首と両足首の二か所をネクタイで縛られ、すぐそばのテーブルの上には、ハンマーが置いてあった。床と壁には、たくさんの血が染みていた。
ちゃんと顔を見て確認をして欲しいと言われ、顔のガムテープをめくってくれたが、とてもじゃないが見られなかった。それでも間違いなく義父だった。だから僕は、間違いありませんと答えた。およそ半年ぶりに見た義父は、死体となっていた。ただ、今すぐにでも起きてきそうに思うほど、現実感がまったくなかった。
義父の遺体確認のあと、僕の部屋に、母らしき人からの手紙があると教えられた。でも、それは今はまだ見せられないとのことだった。そして息子に手紙を残していることから、「突発的な殺人ではなく、計画的な殺人と推測できる」と言われた。
突発的とか計画的とか、そんなことよりも、母が今どうしているのかを教えて欲しかった。そのあとは、僕の事情聴取のために、パトカーで警察署に向かった。
警察署の案内された部屋で、一人不安に駆られながらしばらく待機していると、「もう一人の遺体確認もして欲しいからついて来て」と言われた。もう一人。母の今までの言葉を思い返すと、それは愛人なのか。それとも……。
廊下を歩きながら、どちらでもあって欲しくないと願ったが、ここまでくると、それはないと悟ってきた。そして気がつくと、涙が流れ始めていた。こんな考えはだめだと思いながらも、どうか母であって欲しくない。そう願いながらついていくと、屋外に出た。その先に倉庫のような建物があり、入口が大きく開けられている。その真ん中に、なにか台のような物があるのが、遠くからでも見える。
一歩ずつ近づいていくと、それが棺であることがわかった。枕元には、線香と火が灯された蝋燭が立てられていた。どうか、どうか母ではありませんようにと、泣きながらも必死で祈り、ゆっくりと棺の中を覗くと、そこには母の体が横たわっていた。
前田勝
1983年、韓国人の母と台湾人の父の下、韓国で生まれる。7歳まで韓国、12歳まで台湾で暮らす。日本人と再婚した母に呼ばれて12歳で来日。大学入学直前、母が義父を殺して無理心中を図る。大学中退後、東京NSCに入学。卒業後は舞台俳優となる。客演の傍ら劇団を主宰し、母の事件を描いた舞台を上演。2018年、ドキュメンタリー番組「ザ・ノンフィクション」に出演し、母の生涯を辿る。同番組は北米最大級のメディアコンクール「ニューヨーク・フェスティバル2019」ドキュメンタリー・人物伝記部門で銅賞を受賞。2021年『茜色に焼かれる』(石井裕也監督)で映画初出演。舞台にも立ち続けている。
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1896年(明治29年)創立。『斜陽』(太宰治)や『金閣寺』(三島由紀夫)、『さくらえび』(さくらももこ)、『1Q84』(村上春樹)、近年では『大家さんと僕』(矢部太郎)などのベストセラー作品を刊行している総合出版社。「新潮文庫の100冊」でお馴染みの新潮文庫や新潮新書、新潮クレスト・ブックス、とんぼの本などを刊行しているほか、「週刊新潮」「新潮」「芸術新潮」「nicola」「ニコ☆プチ」「ENGINE」などの雑誌も手掛けている。
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