<書評>『地霊を訪ねる もうひとつの日本近代史』猪木武徳 著
[レビュアー] 米田綱路(ジャーナリスト)
◆忘却の地下に耳澄ませ
旅先で古(いにしえ)に思いを馳(は)せ、歴史の深層にふれる喜びは何ものにも代えがたい。本書はそんな期待に応える紀行エッセイ集である。経済史や経営史の知見を盛り込み、列島各地の鉱山跡地に「もうひとつの日本近代史」の姿を探る。人と土地とが交錯する行路の妙に、旅心が疼(うず)く。
経済の土台となった金、銀、銅をはじめ、工業化を支えた鉄鉱石や石炭は、いずれも地底から掘り出された。地上の繁栄を支えながら、忘れ去られた地下を探る先に著者が聴くのは、地霊の声だ。
紀行の色調は、山本作兵衛が地底を描いた『筑豊炭坑絵巻』のように明るい。美味(おい)しさの記憶は意外に薄いと著者はいうが、東京土産と思われがちな饅頭(まんじゅう)「ひよ子」は炭都・飯塚が発祥地で、直方(のおがた)の銘菓「成金饅頭」が石炭に絡むと示唆するなど、食文化に息づく地霊の気配にも目配りを欠かさない。筑豊三都のもう一角、田川の羊羹(ようかん)「黒ダイヤ」を加えればもう一つの近代を味読する妙味も増す。
旅の途次に訪れた旧登米(とよま)高等尋常小学校の描写など、行間に美が滲(にじ)む書だ。
(筑摩書房・2640円)
1945年生まれ。経済学者。著書『戦後世界経済史』など多数。
◆もう1冊
渡辺京二著『小さきものの近代 1』(弦書房)。昨年死去した近代史家の作品。