「ブラックホールを見たい」と女子校で語っていた元宇宙飛行士「山崎直子」が感じる“成瀬”の魅力

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成瀬は天下を取りにいく

『成瀬は天下を取りにいく』

著者
宮島 未奈 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103549512
発売日
2023/03/17
価格
1,705円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

月を見上げる度、琵琶湖と成瀬と仲間たちが思い浮かびそうだ!

[レビュアー] 山崎直子(元JAXA宇宙飛行士)

「だれにも似てないところかな」

 この一言に、本書の主人公・成瀬あかりの魅力がつまっている。人と違うが故に、人から距離をとられたり、人を振り回したりもするが、誰よりも人に思いやりのある成瀬。他者評価でなく、自分軸で生きる成瀬の清々しさがどこまでもかっこいい。

 毎日、暑い中、閉店間近の西武大津店に通い、夏の思い出づくりに精を出しても、誰かが褒めてくれる訳ではないし、世間がそこまで盛り上がる訳でもない。青春小説であるにもかかわらず、安易な奇跡は起きない。それでも、冷静に描かれるからこそ、好奇心からどこまでも挑戦し続ける成瀬の息づかいが伝わってくるのである。ドキュメンタリーを観ているかのような、成瀬の親友・島崎みゆきと一緒に「成瀬あかり史」の証人になっているかのような錯覚に陥る。

 私は高校時代を自由な校風の女子校で過ごした。成瀬のように200歳まで生きると言う人はいなかったが、ダンスサークルを作ろう、将来は海底都市に住みたい、ブラックホールを見てみたい、などの夢を無邪気に、でも真剣に語り合っていた。誰かが200歳まで生きると言っても、いいね!と普通に会話していたかもしれない。だから、この本を読んだとき、高校時代と重ねて、そのみずみずしさに懐かしくなり、更に一段とつきぬけた成瀬が心から離れなかった。

 世代を超えて、ちらばった伏線、点と点、線と線がつながってくる展開にも心が震えた。親はハラハラしながらも温かく見守ってきたに違いない。地域の大人たちも様々な経験があったからこそ、成瀬たちを応援しているのだろう。一番の理解者の島崎との友情、冒頭の台詞を言った男の子との出会いも、とても貴重な光となっている。

 余談だが、本著で大きな存在感をもって描かれる琵琶湖の水の量は、約275億トンだそうだ。宇宙の世界では、月に存在する水を飲み水やロケットの燃料に活用して、村をつくり、火星まで行ったりしようという挑戦が盛んだ。その月の水の量を表すのに、琵琶湖何個分という例えを用いていて、琵琶湖の数分の一から10個分の範囲という。月を見上げる度に、琵琶湖が想起され、成瀬と仲間たちの姿が思い浮かんできそうだ。

 そう、世界は、宇宙はとても広い。だから、成瀬には、そのままの純真さで天下を取りにいって欲しい。そして、成瀬のような人が増えていって欲しい。成瀬が200歳まで生きるのであれば、それを見届けるために私も長生きしなくては!

新潮社 週刊新潮
2023年6月1日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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