<書評>『ソングの哲学』ボブ・ディラン 著
[レビュアー] 湯浅学
◆生きる営み自体が音楽
まさに書名がなによりすべてを伝えている。ソングは作ること奏でること、そして聴くこと、それらの三つが揃(そろ)うことで、哲学として全人類(あるいは多くの動植物)に貢献する。一曲一曲ていねいに語ることでボブ・ディランはそれを繰り返し伝えている。歌、あるいは曲、それだけではない。ソングの具現物のひとつであるレコード盤の物体としての存在感や奏者の姿、ソングの聴かれていた時代の風景へとボブの文章は我々を誘う。ソングは空気を蘇(よみがえ)らせる。哲学とは思念だけではなく、念の生じる空間を感得することではないか、と本書は示唆している。ボブの文章はしばしば曲になり詩になる。綴(つづ)ることが歌うことである。ボブの生きる営みそのものが音楽だからである。アメリカン・ポップス、フォーク・ソング、 ブルース、 ロックンロール、一九四〇年代から現代に至る大衆とソングの変遷を探るラジオ番組を聴くようにページが進む。分析はソングへの愛の付録だ。人は死滅してもソングは永遠に残る、と思わずにいられなくなる快著。
(佐藤良明訳 岩波書店 4180円)
1941年生まれ。米の自作自演歌手。2016年にノーベル文学賞。
◆もう1冊
『恋の花詞集 歌謡曲が輝いていた時』橋本治著(ちくま文庫)。品切れ。