昔から「病は気から」と言われる。
もちろん気の持ちようで全ての病が治るわけではない。病気で悩んでいる人に、「ポジティブに考えれば良くなるよ」などとウカツに言うのはタブーである。
それでも実際に思い当たる節のある方も多いのではないか。大事な試験の前に「失敗したらどうしよう」と不安で胃がキリキリと痛む、ミスの許されない仕事が続いたとき頭痛に襲われる……。
こうしたメンタルが体に及ぼす影響について、科学的な検証が進んでいる。日本人の多くが苦しむ花粉症やアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患では、気持ちの持ちようで薬の効果に差が出ることもあるという。逆に、マウスを用いた実験では、ストレスにより脳に炎症が起きたマウスが突然死することも。
科学のあらゆる分野に詳しい「理科子先生」が、素朴なギモンにやさしく答えてくれる電子書籍『おしえて! 理科子先生(1)』(読売新聞アーカイブ選書)をもとに、「病は気から」を科学的に見てみよう。
※以下は同書の「(6)『病は気から』って本当?」より引用しました。
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Q:「病は気から」ということわざがあるって聞きました。病気は気の持ちようで良くも悪くもなるという意味のようですが、理科子先生、本当ですか。(2021年9月3日掲載)
ストレス影響
人が病気になるのはウイルスや細菌などの病原体や生活習慣が主な原因ですが、ストレスで引き起こされる心の状態も関係していると経験的に言われているわ。心配性で悪いことばかり想像していると不安になり、本当に体調が悪くなってしまった経験を持つ人もいるのでは。
ストレスと人の関係を調べた研究があるわ。米ペンシルベニア州立大などは872人に対し、ストレスの感じ方が体にどう影響するのかを血液検査で調べた。その結果、ストレスに前向きに対処した人ほど炎症反応を示す値が小さく、後ろ向きに捉えて対処できない人ほど値が大きい傾向だったそうよ。
ストレスが気持ちにどう影響し、病気まで引き起こしているのかを科学的に説明することは難しく、長年の謎なのよ。でも、仕組みの解明に挑む研究がたくさん行われるようになっていて、免疫に影響することが徐々に証明されているわ。
胃腸炎に関係か
マウスを使った実験では、ストレスが免疫細胞に働きかけ、胃腸炎などを引き起こす仕組みを一部解き明かした研究結果がある。
北海道大の村上正晃教授(神経免疫学)らのチームは、睡眠不足などのストレスを与えたマウスに、免疫細胞を注入してみた。すると免疫細胞が脳内の血管に集まって小さな炎症が起きた。さらに新たな神経回路が活性化し、胃腸などに炎症が広がったことが確かめられたわ。炎症によって心臓の調子が悪くなり、突然死するマウスもいたそうよ。ストレスのみや免疫細胞の注入のみのマウスは死ななかったわ。
何かとストレスを受けやすい現代社会。長引く新型コロナウイルスの影響で、心身に不調を来す人がますます増えることが懸念されているわよね。村上教授は「しっかり睡眠をとり、適度な運動を心がけ、ストレスをため込まない生活を送ってほしい」とアドバイスしている。
「前向き」が大切
前向きな気持ちが、アレルギーの症状を改善させることを示した研究もあるわ。
これもマウスの実験だけど、山梨大の中尾篤人教授(アレルギー学)はマウスの前向きな感情をコントロールする神経を様々な方法で活性化し、アレルギー反応であるじんましんの症状を調べた。すると症状が2、3割抑えられたことが確認されたわ。
中尾教授は「アレルギー反応を抑えるには投薬や規則正しい生活が大切だが、前向きな気持ちを持つことも同じくらい大切だと示す結果だ」と話しているわ。人の場合でも花粉症やアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患で、ストレスから症状が悪化したり、前向きな気持ちから薬の効き目が高まったりすることもあるそうよ。
前向きでストレスのかからない生活を送ったからといって、健康でいられるとは限らない。けれど、心の健康を保つことは、体の健康を保つためにとても大事なことだわ。
偽薬が効く「プラセボ効果」
新しい薬の有効性や安全性を確認する「臨床試験」でも、気持ちの影響が出ることがある。実際には効き目がない偽薬(プラセボ)を飲んだだけで「薬を飲んだ」という思い込みから症状が治まってしまう「プラセボ効果」だ。
臨床試験では薬の効き目を科学的に評価するため、条件に差がない二つのグループに偽薬と有効成分を含む薬の候補のどちらかを投与して、効果を確認する。
投与する側、投与される側もどちらが偽薬かわからないよう試験を進める。投与する側の先入観を排除する一方、投与される側の「薬を飲んだから良くなる」といった心理的な効果の影響を小さくするのが狙いだ。
プラセボ効果を科学的に完全に説明することは難しいとされるが、中尾教授は「心の病や痛み、アレルギーなどの病気で高めに出る」と話している。
一方、プラセボ効果を利用し、薬の飲み過ぎを防ぐために偽薬が使われることもある。体に害がない成分でできた錠剤に似せた食品で、販売する「プラセボ製薬」(滋賀県)によると、介護現場で薬を飲んだのに眠れないと言う高齢者に渡すなどしているという。
読売新聞 渡辺洋介
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