クラスに馴染めない「転校生男子」が「優等生女子」を凍り付かせた不穏な言葉とは…? 名前を持たない悪意をテーマに辻村深月が挑む初の本格ホラーミステリ長編『闇祓』試し読み

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転校生の白石要は、少し不思議な青年だった。背は高いが、髪はボサボサでどこを見ているかよくわからない。優等生の澪は、クラスになじめない要に気を遣ってこわごわ話しかけ徐々に距離を縮めるものの、唐突に返ってきた要のリアクションは「今日、家に行っていい?」だった――。この転校生は何かがおかしい。身の危険を感じた澪は憧れの先輩、神原一太に助けを求めるが――。学校で、会社で、団地で、身の周りにいるちょっとおかしな人。みんなの調子を狂わせるような、人の心に悪意を吹き込むような。それはひょっとしたら「闇ハラ=闇ハラスメント」かもしれない。「あの一家」が来ると、みんながおかしくなり、人が死ぬ。だから、闇は「祓わなくては」ならない――。辻村深月が満を持して解き放つ、本格長編ホラーミステリ!

文庫化され話題の本書より、冒頭部分を特別公開いたします。

 ***

ヤミ-ハラ【闇ハラ】 闇ハラスメントの略。
ヤミ-ハラスメント【闇ハラスメント】 精神・心が闇の状態にあることから生ずる、自分の事情や思いなどを一方的に相手に押しつけ、不快にさせる言動・行為。本人が意図する、しないにかかわらず、相手が不快に思い、自身の尊厳を傷つけられたり、脅威を感じた場合はこれにあたる。やみハラスメント。闇ハラ。ヤミハラ。

第一章 転校生

 転校生を紹介します──。
 そう言われて顔を上げた途端、目が合った。
 そのあまりの唐突さに一瞬、ドキリとする。
 担任の南野(みなみの)の横に立っていたのは、詰襟(つめえり)姿の男子だった。手足が長く、ひょろっと痩(や)せている。取り立てて美形ということはないけれど、鼻筋は通っているし、特別不細工だというわけでもない。ちょっと瞼(まぶた)が腫(は)れぼったくて眠そうで、目つきも少しおどおどしているように見えるけれど、転校生で、初めての教室に来たのだから、そうなっても当然かもしれない。
 背は、高い方だった。小柄でずんぐりした体型の南野先生と並んでいると、若手の漫才コンビか何かみたいに見えなくもない。髪の毛がぼさぼさなのが、少しだけ気になった。今日は転校初日だというのに、あまり身なりに気を遣わないタイプなのかもしれない。
 制服が間に合わなかったのだろう。彼の詰襟姿が、ここでは新鮮だ。うちの高校の制服は、男子も女子もカーキ色のブレザーだ。男子はネクタイ、女子はリボン。
 目が合ってしまった気まずさで、澪(みお)は不自然に思われない程度に視線をそらす。南野先生が、転校生を振り返った。
「じゃ、白石(しらいし)」
「はい」
 挨拶(あいさつ)するように促された彼が、聞こえるか聞こえないかの、か細い声で答えた。
「父親の都合で、転校してきました。これから、よろしくお願いします」
「名前」
「え?」
「名前は? 言わないのか?」
 からかうような口調で先生に促され、転校生が「あ」と短い声を出した。それからまた掠(かす)れたような不明瞭(ふめいりょう)な声で、「しらいし、かなめ」と続けた。「です」という、語尾がない。名前だけだった。
 横で、南野が黒板に「白石要」と書き入れる。
「ちょっとうっかりさんみたいだけど、みんなよろしくな」
 先生が場を和ませるように朗らかな声で言うが、笑いは起きなかった。
 そんなやり取りを眺めながら──、あれ? と思う。
 彼の目が、また澪を見ていた。さっき目が合ってしまったから、なんとなくまたこっちを見たのだろうか。それとも、澪の気のせいで、後ろの何かを見ているのか──。
「席は、二列目の後ろな」
 教室の後方に、いつの間にか新しい机と椅子が運び込まれていた。転校生が「はい」と返事をする。その間も、目は、案内された自分の席とは全然別の、こちらの方を見ていた。
 転校生・白石が、自分のカバンを手にふらりと、席に向かう。その時になって、ようやく、澪から視線をそらした。

辻村 深月(つじむら みづき
2004年『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞しデビュー。11年『ツナグ』で第32回吉川英治文学新人賞、12年『鍵のない夢を見る』で第147回直木三十五賞、18年『かがみの孤城』で第15回本屋大賞を受賞。『ふちなしのかがみ』『きのうの影ふみ』『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』『本日は大安なり』『オーダーメイド殺人クラブ』『噛みあわない会話と、ある過去について』『傲慢と善良』『琥珀の夏』『この夏の星を見る』など著書多数。

KADOKAWA カドブン
2024年7月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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