「じゃあ、マラソンは? もちろん、四二・一九五キロじゃなくて、二〇キロ、いや、ハーフだっけ……」
正也が手元に目を落とす。
「勤労感謝の日の三崎(みさき)ふれあいマラソン大会だよね」
「ああ、なんだ。圭祐も申込書もらったのか」
正也が安心したようにチラシをテーブルの上に広げた。久米さんも顔を上げる。僕の見た目の回復はまだこうやって気を遣われるくらいなのかと、がっかりする気持ちを首から下に押し止(とど)めた。
「いや。デザインが毎年同じだから。中一と中二の時、部活で参加したんだ。でも、正也がマラソンって、意外だな」
体育祭での印象だけではあるけれど。
「走るのは嫌いだ。永遠の子どもでいたいのに、持久走の時だけ、早く大人になりたいと願うくらい。でも、ここを見てくれよ」
正也はチラシの下の方を指さした。参加者に贈られる景品の一部が写真付きで載っている。
「ノートパソコン、タブレット、ハンディビデオ……。どれも、放送部に必要なものばかりだろ」
全員がこれらの景品をもらえるわけではない。
「参加者は毎年三〇〇人いるのに、無理じゃない? 僕なんか、よかった時で米二キロだったけど」
「それでも、確率がゼロなわけじゃない……、だよね、久米さん」
正也に急に話を振られて、久米さんがこちらを向いた。
「そうです。職員室前のポスターを宮本(みやもと)くんが睨(にら)みながら、これらの景品は何等に入ればもらえるんだろうと言ってたので、簡単に説明したら、すぐに申込書をもらいに行こうと誘われたのですが、町田(まちだ)くんはもう、知っているんですよね」
「まあね」
それで、同じチラシを手に、二人一緒に来たのかと合点がいった。
湊 かなえ(みなと かなえ)
1973 年広島県生まれ。2007 年「聖職者」で小説推理新人賞を受賞。翌年、同作を収録した『告白』でデビュー。本著は、「2009 年本屋大賞」を受賞。12 年「望郷、海の星」(『望郷』収録)で日本推理作家協会賞短編部門を受賞。16 年『ユートピア』で山本周五郎賞受賞。18 年『贖罪』がエドガー賞ベスト・ペーパーバック・オリジナル部門にノミネートされた。その他の著書に、『少女』『高校入試』『物語のおわり』『絶唱』『リバース』『ポイズンドーター・ホーリーマザー』『未来』『落日』『カケラ』『人間標本』などがある。
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