犯人は、この部室の中にいる――湊かなえが描く、学園青春×ミステリ小説! 『ドキュメント』試し読み

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 三崎ふれあいマラソン大会は、この田舎町においてはちょっとした人気行事だ。ハーフマラソンという、シロウトにとってはなかなかハードな距離なのに、三〇〇人の定員はすぐに埋まってしまう。参加費三〇〇〇円も必要であるにもかかわらずだ。
 人気の秘密は正也がとびついたように、景品が豪華なこと。そして、その豪華景品を手に入れるチャンスが、完走した全員にあるということだ。通常のイベントでは上位入賞者から順に豪華景品をもらうのだろうけど、わが町のマラソン大会は違う。
 完走した順にくじ引きができるのだ。
 景品は参加人数と同じ三〇〇個。正也がほしいと口にしたものの他に、テレビや掃除機といった家電もあるし、肉や米、果物といった食品系も充実している。毎年、特賞といわれる目玉景品は当日発表となるのも、ワクワク感を高める要素の一つだ。最新型のゲーム機だったり、リゾートホテルの宿泊券だったり、A5ランクの和牛だったりと、ジャンルが統一されていないので、予測が難しいところもおもしろい。
 もちろん、全員ぶんの景品がそんなに豪華なものばかりだと大会は大赤字になってしまうから、大半は三〇〇円~五〇〇円程度のものになる。それでも、くじを引くのはドキドキするし、何かしらもらえるというのは嬉(うれ)しい。
 一番でゴールした人が意気揚々と引いて当てたものが、残念賞にも等しい、家庭用洗剤だったり(もちろん、賞状はもらえるけれど)、最下位に近い人が洗濯機を当てたり、抽籤(ちゅうせん)会場では絶えず、どよめきや歓声が上がっている。
 応援に来ていた人たちが、来年は自分も出ようか、などと言っている声も、あちらこちらから聞くことができる。
「だからさ、放送部全員で出たら、ほしいものをゲットできる確率が上がるじゃないか」
 そういうことか、と納得だ。でも……。
「悪いけど、二〇キロちょいなんて、とてもじゃないけど無理だ。全部歩くとしても、厳しいと思う」
「そうか。無理しなくていいよ。圭祐はくじ運もなさそうだしな」
 正也が明るく笑う。フォローになってないけど、気にするようなことじゃない。
「正也だって、出るからにはトレーニングしておかないと。リタイヤしたらくじは引けないんだからな。それに、四時間っていう制限タイムもある」
「マジか」
 それについてはチラシにも書いてあるはずなのに、正也は景品にしか目がいってなかったようだ。
「何時間かかってもいいなら、僕だって出るさ。案外、正也よりはくじ運よさそうな気がするし。なんてったって、今の席、窓側の一番うしろ、特等席だからな」
「俺なんか、先生の採点ミスで英語の補習セーフだったし」
 もはや、何を張り合っているのかわからない。
 と、ドアが開いた。白井(しらい)先輩、いや、白井部長を先頭に、二年生の先輩たち全員が入ってくる。

湊 かなえ(みなと かなえ)
1973 年広島県生まれ。2007 年「聖職者」で小説推理新人賞を受賞。翌年、同作を収録した『告白』でデビュー。本著は、「2009 年本屋大賞」を受賞。12 年「望郷、海の星」(『望郷』収録)で日本推理作家協会賞短編部門を受賞。16 年『ユートピア』で山本周五郎賞受賞。18 年『贖罪』がエドガー賞ベスト・ペーパーバック・オリジナル部門にノミネートされた。その他の著書に、『少女』『高校入試』『物語のおわり』『絶唱』『リバース』『ポイズンドーター・ホーリーマザー』『未来』『落日』『カケラ』『人間標本』などがある。

KADOKAWA カドブン
2024年7月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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