「また、何もしないでサボってたでしょ」
キツい口調にももう慣れた。むしろ、優しい言葉をかけられた方が、どこか具合が悪いんじゃないかと心配になるほどだ。無駄話をしていたことを反省するように、姿勢をただしてみる。
「サボってなんかいませんよ」
正也が立ち上がって、白井部長のところまで行った。
「予算の少ない放送部が、新しい機材をどうやって手に入れるか、考えていたんです。ほら、これ。先輩たちも出ましょうよ」
正也はチラシを部長に手渡した。
「マラソン大会? ありえない」
部長がため息をつく。それに対抗するかのように、正也もわざとらしいため息をつき返した。
「白井部長が、新しいノートパソコンとカメラとタブレットがほしいって言ったんじゃないですか」
「宮本がノートパソコンを独占するからでしょう。それに、そんな景品がもらえるような上位に入れるわけがないじゃない。時間と体力の無駄遣いよ」
愚痴を吐く部長に、正也がマラソン大会の景品の仕組みを説明した。ううっ、と部長は心を揺るがしたようだけど、まだ渋っている。横から、他の先輩たちもチラシを覗(のぞ)き込んだ。
「確率的には、それほど低いわけじゃないな」
意外にも、一番運動を嫌いそうなシュウサイ先輩が乗り気な発言をする。
「まあ、白井はくじ運悪そうだし、出るだけ無駄かな。箱ティッシュ一つもらってる姿が想像できるよ」
思わず笑いそうになったのを隠すように、顔を伏せた。実際には、一番ショボい景品でももう少しマシなものがもらえるけど、白井部長が箱ティッシュを受け取りながら、これがほしかったのよ、などと強がる姿をありありと思い浮かべることができる。
「はあ? アオイと一緒にしないでよ。私だってくじくらい……」
勢いよく反論しかけた白井部長の声が萎(しぼ)んでいくのは、これまでにいいくじを引いたことが本当にない証拠だ。シュウサイ先輩の名前は、蒼(あおい)。僕と正也もそうだけど、親しい相手からくじ運が悪そうと半ば本気で言われるような連中ばかりが、放送部には集まっているということか。
「ところで、これって陸上部も出るのかな?」
真顔に戻った白井部長のひと言に、ドキリと胸が鳴った。陸上部と聞いただけで、まだこんな反応をしてしまうなんて。
「多分」
答えたのは、青海(せいかい)学院のアナウンサー、翠(みどり)先輩だ。
「俺たちがほしい景品を引いた陸上部のヤツがいたら、交渉してみるのもアリかもな。俺たちが走らずに景品をくれなんて言ったら、速攻で断られるだろうけど、二〇キロ以上も走って死にそうになってる姿で頼んだら、検討してもらえるかもしれない」
蒼先輩はすでに自分のくじ運に見切りをつけて、別の手段を考えている。
「なるほどね……」
白井部長がつぶやいて、ポン、と手を打った。
湊 かなえ(みなと かなえ)
1973 年広島県生まれ。2007 年「聖職者」で小説推理新人賞を受賞。翌年、同作を収録した『告白』でデビュー。本著は、「2009 年本屋大賞」を受賞。12 年「望郷、海の星」(『望郷』収録)で日本推理作家協会賞短編部門を受賞。16 年『ユートピア』で山本周五郎賞受賞。18 年『贖罪』がエドガー賞ベスト・ペーパーバック・オリジナル部門にノミネートされた。その他の著書に、『少女』『高校入試』『物語のおわり』『絶唱』『リバース』『ポイズンドーター・ホーリーマザー』『未来』『落日』『カケラ』『人間標本』などがある。
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