この部屋で語られる怪談は、ひとの心を解きほぐす――宮部みゆき『よって件のごとし 三島屋変調百物語八之続』試し読み
試し読み
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- よって件のごとし 三島屋変調百物語八之続
- 価格:1,056円(税込)
江戸は神田の袋物屋・三島屋は風変わりな百物語で知られている。語り手一人に聞き手も一人。話はけっして外には漏らさない。聞き手を務める小旦那の富次郎は、従妹であるおちかのお産に備え、百物語をしばらく休むことに決めた。休止前最後に語り手となったのは、不可思議な様子の夫婦。語られたのは、かつて村を食い尽くした〈ひとでなし〉という化け物の話だった。どこから読んでも面白い! 大人気の宮部みゆき流・江戸怪談「三島屋変調百物語」シリーズ第8弾。
文庫化され話題の本書より、冒頭部分を特別公開いたします。
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序
江戸は神田三島町(かんだみしまちょう)にある袋物屋の三島屋(みしまや)は、黒白(こくびゃく)の間という客間に人を招き、いっぷう変わった百物語をしている。
語り手が一人に、聞き手も一人。語られる話は一つだけ。いちいち蝋燭(ろうそく)を灯(とも)すことも消すこともない。
「語って語り捨て、聞いて聞き捨て」
その場の話はその場限りで、語り手は語って重荷を下ろす。聞き手は、受け取ったその重荷を黒白の間の限りで忘れ去る。
主人・伊兵衛(いへえ)が酔狂で始めたこの変わり百物語は、最初の聞き手を務めた姪(めい)のおちかが嫁いだあと、次男坊の富次郎(とみじろう)が引き継ぐことになった。絵心のある富次郎は、語り手の話を聞き終えると、それをもとに墨絵を描き、〈あやかし草紙〉と名付けた桐の箱に封じ込めるという独特の工夫をして、時には聞き捨てるべき話の重みに負けそうになるところを、どうにかこうにか踏ん張っている。
おちかは暗い影を引きずる孤独な娘だった。ほんの少し浮ついた娘心が災いして許婚者を失い、身近な男を人殺しに堕(おと)してしまったと、我が身を責めていた。しかし変わり百物語の聞き手を務め、この世の数奇で不思議な出来事を耳に入れてゆくうちに、傷ついた心を縫い合わせ、その痕(あと)を抱えながらも立ち上がる強さを持っていた。
さて、富次郎はどうだろう。まだ慌てて将来(さき)のことを決めなくてもよい気楽な立場。本人はそれなりに、他店(よそ)の釡(かま)の飯ならさんざん食ってきた、てんで世間を知らぬわけじゃありませんよと己を恃(たの)んでいるけれど、その心におちかほどの強い芯(しん)はあるのか。
優しく、気さくで頼りない。そんな富次郎の背中を支えるのは二人の女中、怪談語りが呼び込む怪異から三島屋を守る禍祓(まがはら)いのお勝(かつ)と、三島屋のこれまでを全て知っている古参のおしまだ。
人は語りたがる、光も闇も。三島屋の変わり百物語に、今日も新たな語り手が訪れる。
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