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- 夜が明ける
- 価格:935円(税込)
15歳のとき、俺はアキに出会った。191センチの巨体で、フィンランドの異形の俳優にそっくりなアキと俺は、急速に親しくなった。やがてアキは演劇を志し、大学を卒業した俺はテレビ業界に就職。親を亡くしても、仕事は過酷でも、若い俺たちは希望に満ち溢れていた。それなのに――。この夜は、本当に明けるのだろうか。苛烈すぎる時代に放り出された傷だらけのふたり、その友情と救済の物語。
作家・西加奈子さんの5年ぶりの長編で、2022年の本屋大賞ノミネートにノミネートされた心を震わせる衝撃作『夜が明ける』(新潮文庫)より、冒頭の一部を公開します。
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前編
アキ・マケライネンのことをあいつに教えたのは俺だ。
だから俺には、あいつの人生に責任がある。マケライネンのことを教えたということは、すなわちあいつの人生を変えたということだからだ。
深沢暁(ふかざわあきら)。俺の友達。
俺は、アキと呼んでいる。マケライネンの名前と同じ「アキ」、そう呼んでくれと言ったのはあいつだった。
あいつのことを知ってほしい。きっと長い話になるけど。
アキは自分のことをほとんど語らなかった。だから俺が知っているアキは、奴の人生のほんの一端に過ぎない。でも、俺には日記がある。アキの日記だ。俺が知らない間のアキは、その日記の中にいる。あいつの汚い字がびっしり並んだ、グレーの表紙の大学ノート。それはアキが母親からもらった初めての、そして最後のプレゼントだった。
あいつの人生を知ることが、あなたの役に立つかどうかは分からない。いや、正直言って役になんて立たないと思う。あいつの人生は「役に立つ」とか「効率」みたいなものとは、およそ無縁だったからだ。それに、真似したいかと言われると、イエスと言えるようなものではなかった、決して。
でも知ってほしいんだ。あいつが生きていたこと。この世界で、あいつの体で、どんな風に生きていたか。そして許されるのなら、俺自身のことも。
マケライネンの存在を教えたことが、アキの人生を変えた。
まずそれが、どういうことか説明しなければならない。
1998年、俺が15歳のときだった。初夏だ。制服が冬服から夏服に変わった日だったから、よく覚えている。俺はあいつに、アキ・マケライネン、のちにアキの人生を大きく変えることになる、フィンランドのある俳優のことを教えたのだった。
映画が好きなのは、小学生のときからだ。
その頃は、今みたいに、インターネットで手軽に映画を観ることは出来なかった。まだレンタルビデオ屋が盛況だったその時代、俺はあらゆる作品を観ていた。俺の父が収集したVHSが山のようにあったからだし、その映画を観るためだけに購入された大きなプロジェクターとVHSデッキもあったからだ。
父は幼い俺に観せていい映画と、観せるべきではない映画を分けておくような人ではなかった。雑誌や書籍のデザイナーをし、ありとあらゆる映画に精通していた父は同時に、相当の趣味人でもあった。彼の部屋にはVHSの他に、数えきれないほどのレコード、そして書籍が溢れ、部屋の隅には無造作に絵画が立てかけられていて、実はそれは著名な誰かが描いた作品だったりした。
その部屋を父は愛していた。でも、「取材」だと言ってありとあらゆるコンサート、映画館、美術館に出かけていて、時々それは海外にも及ぶものだから、この部屋にいることは少なかった。
母は、俺が父の部屋に出入りすることをよく思っていないようだった。でも、俺を四六時中見張っていることは出来なかったし、子供用にそれらを分類出来るような状況ではなかった(彼の膨大なコレクションの中には、古いディズニー映画やスタジオジブリ、つまり「子供向け映画」もあるものだから、話がややこしかった)。
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1896年(明治29年)創立。『斜陽』(太宰治)や『金閣寺』(三島由紀夫)、『さくらえび』(さくらももこ)、『1Q84』(村上春樹)、近年では『大家さんと僕』(矢部太郎)などのベストセラー作品を刊行している総合出版社。「新潮文庫の100冊」でお馴染みの新潮文庫や新潮新書、新潮クレスト・ブックス、とんぼの本などを刊行しているほか、「週刊新潮」「新潮」「芸術新潮」「nicola」「ニコ☆プチ」「ENGINE」などの雑誌も手掛けている。
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