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- 莫大小の街
- 価格:1,760円(税込)
公務員はいつの時代も人気の職業です。安定した立場、収入、信頼度の高さ等々がその理由です。一方で「堅苦しい」「融通がきかない」といったイメージを持つ方もいることでしょう。
でも、そんな公務員もまた組織の中で苦悩し、葛藤し、時には感動的なドラマを実現することもあるのです。
今回紹介するのは、墨田区役所の元職員が書いたお仕事小説『莫大小(メリヤス)の街』です。金融業界を舞台にした「半沢直樹」シリーズや航空会社を舞台にした『沈まぬ太陽』を彷彿とさせる内容で、虐げられながらも立ち向かう公務員の姿に胸が熱くなる一冊です。
主人公は妻を亡くし、絶望の淵にいた区役所職員。そんな彼に追い打ちをかけるように誰もやりたがらない実現不可能な仕事が押し付けられます。スケープゴートにされた主人公が迎える結末とは? 異色の「お仕事小説」の中身を見ていきましょう。
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メリヤスというのは昔よく使われた繊維製品の呼び名で、今でいうと「ニット」のこと。小説の舞台はそんな古臭さの残る工場街です。
時はバブル前夜。東京の城東地区にある繊維工場の街「隅川区」で、地域おこしの「ファッションセンター」建設計画が持ち上がります。しかし、区長の選挙公約がらみの案件であるにも関わらず、税金を1円 も使えないというワケあり事業でした。その誰もがやりたがらない実現不可能な仕事を押し付けられたのが、主人公の隅川区役所職員、加藤聖治(せいじ)です。彼はスケープゴートの責任者として、その後悪戦苦闘の日々を送る破目になります。
そんな小説の著者、深野紀行(きこう)さん(75歳)は元・墨田区職員。本書『莫大小の街』は、現役時代の実際の経験を元に描いた小説です。モデルとなった出来事について、そして作品について大いに語っていただきました。
深野さんは主人公と同様に理系の化学職として区に就職しましたが、全く畑違いのファッションセンター事業をやらされることになり、大いに戸惑ったといいます。
「元々は繊維工場の街だったから、区長が“ファッションの街づくりを”などと言い出したのが始まりなんです」
1990年、今の両国国技館の隣にあった墨田区の庁舎が移転し、跡地に「ファッションセンター」が建設されることになりました。
「ファッションミュージアム、ショーができるようなホール、研究所に大学院レベルの教育機関も作って人材を育て、墨田区をファッションの街にしよう、ということになった。商店街にも“ファッション通り”なんて名前を付けたりしてね。誰もそうは呼んでないけど(笑)」
教育機関まで作るとは、区が単独でやるにしては、過大な事業のようにも思えます。
「東京都から出向してきた課長が計画を作ったのですが、そういう立場の人は、とにかく目立つことをして早く本庁に戻りたい、というのが本音なんですよ。となると、できるだけ計画を膨らませて大きくしたくなるんですね」
小説に登場する「品橋経済課長」が正にこのタイプ。大きな事業計画で都の上層部にアピールすることだけ考えている。古巣に戻れさえすれば事業の成否はどうでもいい。そんな事情で水増しされた仕事を実際に担当する現場はたまったものではありません。
深野さんによれば、やろうと思えば実現できる事業ではあったとのことです。ただ、障害になったのは役所特有の問題でした。
「とにかく、公務員の評価は減点方式。挑戦してやり遂げても大して褒められないけど、失敗するとダメだと言われる。だから挑戦することには憶病になる。それに、管理職は2年くらいで異動してしまうでしょ。どうしても事なかれ主義になる。その間を無難にやり過ごして後任に引き継げばいい、という発想です」
これも、小説でファッションセンター事業を聖治に押し付けた張本人である、上司の山脇商工部長のこんなセリフに表現されています。
「ファッションセンターが完成する頃は、僕もそうだけど、君もどこかに異動しているはずだよ。会社の収支なんて、その時になってみなければ誰も分からないだろ? 今は適当に帳尻を合わせておけば、それでいいんじゃないか!」
他にも、成果が出れば手柄を横取りしようとする管理職。認可を与える見返りに飲食店での接待をおねだりしたり、つねに「天下り先」の確保を狙って画策する国の役人……などなど、組織の論理、そこに巣くう問題人間が続々登場します。組織で働く人なら「あるある!」と一々うなずけること請け合いです。
さて、問題の多いプロジェクトながら、仕事を任された主人公・聖治は実現に向けて東奔西走します。そんなある日、区議会事務局の職員が彼を呼び止めます。
「誰がやっても、失敗するのは目に見えているんだ。だから山脇部長は、あえて君を担当に選んだんだよ。(中略)周りの皆は、君なら事業に失敗しても当然だと思うよな。部長は責任を君に押し付けられるだろ」
職員のこの言葉が、聖治の闘争心に火をつけることになります。彼は何としてもこのプロジェクトを成功させる、と心に誓うのでした。そして様々な障害に立ち向かううち、次第にたくましさを身に付けていきます。本作は聖治の成長物語でもあります。
区役所という組織の内情を知り、呆れたり憤慨したりしつつも、主人公や仲間たちの奮闘にエールを送るうちに、大団円を迎えて――そんな風に楽しめるのが本作の魅力と言えそうです。
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