アメリカ人の多くが「人工妊娠中絶」に賛成なのに、なぜ禁止されている州があるのか? 『少数派の横暴 民主主義はいかにして奪われるか』試し読み

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 ベストセラー『民主主義の死に方』の著者らによる注目の新刊『少数派の横暴 民主主義はいかにして奪われるか』が発売された。

 民主党と共和党という二大政党が激しく争うように見える米政治だが、著者らによると、アメリカ政治の現状は共和党による「少数派支配」であり、その原因には少数派を過度に優遇する「反・多数決主義」の仕組みがあるという。どういうことなのか。

「第6章 少数派による支配」の一部を編集のうえ公開する。

 ***

 今日の専門家たちはアメリカの政治システムについて、ふたつの互角の政党のあいだで膠着状態にあるとたびたび表現する。

 学者も有識者も同じように、アメリカの民主主義の弊害──たとえば二極化や手詰まり状態──のおもな原因は、異常なレベルの党派的な「均衡」にあると説明する。大統領選は紙一重の差で決まり、上院もほぼ均等に分かれていると彼らは訴える。

 しかしそのような主張は、国の制度によってその均衡が捏造されているという事実を覆い隠してしまう。

 たしかに、選挙人団の投票結果は最小の票差で決まり、上院の両党の獲得議席はほぼ拮抗している。しかしアメリカの有権者を見れば、そのような完璧な均衡などとれていないとわかるはずだ。

 民主党は1980年代以降の大統領選挙において一回をのぞくすべての一般投票で勝利し、1990年代以降の上院選挙のすべての6年サイクルで勝利している。それは均衡とはほど遠いものだ。

 ワシントンDCにおける均衡は、アメリカ有権者の投票結果が歪められた制度のトンネルを通過したあとにはじめて生まれる。

 とはいえアメリカはまだ、少数派支配に完全に屈したわけではない。連邦下院選、州知事選、そのほかの州規模の選挙を含む多くの分野において、選挙による多数派が依然として優勢を保っている。大統領選などのほかの分野では少数派支配が確立されたわけではなく、まだ一時的な現象にとどまっている。

 それでも、少数派支配の発生率が高まっていることはまちがいない。

 それは深刻な影響をもたらすものだ。1980年に生まれ、1998年か2000年の選挙ではじめて投票したアメリカ人について想像してみてほしい。彼女が成人して以降、6年サイクルのすべての上院選挙、一回をのぞくすべての大統領選の一般投票では民主党が勝利する。

 にもかかわらず彼女は成人後の人生のほとんどを、共和党の大統領、共和党が掌握する上院、共和党が指名した裁判官が支配する最高裁のもとで過ごすことになる。だとすれば彼女は、アメリカの民主主義をどれほど信用できるというのだろうか?

世論とかけはなれた人工妊娠中絶の議論

 少数派支配の出現が大きな問題となるのは、敗者が勝つことが可能になるからだけではない。それはまた、人々の生活に直結する公共政策にも有害な影響を与える。

 (中略)

 その明白な例に、人工妊娠中絶手術をめぐる政治問題がある。2022年の〈ドブス対ジャクソン女性健康団体〉裁判の最高裁の判決によって、憲法で保障された妊娠中絶の権利が消滅し、この問題は連邦議会と州議会に委ねられることになった。

 多数派意見としてサミュエル・アリート判事は、「憲法を尊重し、国民によって選ばれた代表者たちに人工中絶の議論を戻すべき」タイミングが訪れたと説明した。同意意見のなかでブレット・カバノー判事は、「民主的な自治のプロセスをとおして人工中絶の問題に対処する国民の権限」が回復されたと主張した。

 しかしアメリカの反多数決主義的な制度は、「国民によって選ばれた代表者たち」の意見を国民自身の意見から切り離すことになった。2022年6月に行なわれたモンマス大学の世論調査によると、中絶の権利を保護する〈ロー対ウェイド〉判決をくつがえす最高裁の決定を支持したのは、アメリカ人のわずか37パーセントだけだった。

 同様に2022年5月のギャラップ社の世論調査では、55パーセントのアメリカ人が自身を「妊娠中絶の選択尊重派(プロ・チョイス)」と認識しているのに対し、「胎児の生命尊重派(プロ・ライフ)」と認識しているのは39パーセントにすぎなかった。

 ピュー研究所の調査では、米国の成人の61パーセントがほぼすべての事例について人工中絶が合法であるべきだと答えた。逆にほぼすべての事例について中絶が非合法であるべきだと答えたのは、37パーセントにとどまった。

 このように中絶権に対して多数派による幅広い支持があるにもかかわらず、反多数決主義的な制度によって、ロー判決を法律化しようとする民主党の試みは阻止されてきた。

 たとえば2021年には、州が中絶権を制限するのを防ぐための「女性の健康保護法」の制定が提案され、下院で可決された。しかし審議が上院に移ると、フィリバスターを打ち切るのに必要な基準となる60票の確保には遠く及ばず、即座に廃案となった。

 こうして人工妊娠中絶法の是非は、各州に委ねられることになった。

以上は本編の一部です。詳細・続きは書籍にて

スティーブン・レビツキー
米ハーバード大学政治学教授。ラテンアメリカと発展途上国を対象に、民主主義の崩壊過程を研究している。米トランプ政権誕生後に出版された共著『民主主義の死に方』が世界的ベストセラーとなる。

ダニエル・ジブラット
米ハーバード大学政治学教授。19世紀から現在までのヨーロッパを対象に、民主主義の崩壊過程を研究している。米トランプ政権誕生後に出版された共著『民主主義の死に方』が世界的ベストセラーとなる。

新潮社
2024年10月28日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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