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- 妻に捧げた1778話
- 価格:968円(税込)
余命1年を宣告され、癌で闘病する妻に小説家の夫は毎日1篇のお話を書き続けた。「自分にできることはなにか」を考えた著者が、短いお話を書くに至った理由、そして課した制約とは――。『僕と妻の1778話』として映画化された、SF作家・眉村卓さんのベストセラー『妻に捧げた1778話』からの抜粋です。
毎日一話
そろそろ妻の一周忌というある日、私は大分前に連れ合いを亡くしたというある女性から、次のような話を聞いた。
「夫が亡くなったときに、忠告してくれた人があるんですよ。これから一年間は、新しいことを始めてはならない。きっと判断を間違う。変になっているから――というわけです。後になって、本当にそうだと思いました」
その通りなのだろう、と今の私は思う。妻の死後を考えると、たしかにそうなのだ。
しかし、変になるといえば、私の場合、妻の手術と入院以後、すでにそうなっていたのではあるまいか(もともと変わっていると言われるかもしれないが)。そして今となっても、その状態を否定する気はない。それはそれで私にとって、ひとつの時期だった、と考えるからである。
一九九七年――平成九年の六月十二日、新幹線で帰阪中、私は車内アナウンスで呼び出された。まだ、誰もかれもが携帯電話を使っている時代ではなく、私も持っていなかったのだ。かかりつけのK医院の若先生からであった。妻はその前日から腹痛を訴えていて、K医院に行ったのだ。若先生によれば虫垂炎のようだから、すぐに開腹手術ということで父上の院長先生が車で天王寺の大阪鉄道病院に運び、入院させて下さったとのことである。
鉄道病院に回り、一度帰宅して入院生活に必要な品々を持って行くと、手術は聞いていたより長くなったとのことで、まだ終わっていなかった。
ほどなく、麻酔でまだ眠っている妻が病室に運ばれて来て、私は、執刀の松井英(すぐる)先生から、妻が進行性の悪性腫瘍であると告げられた。その夜初めて会った松井先生によれば、腫瘍は小腸だが腹膜にも播種(はしゅ)があり、原発は大腸だと思われる――とのことである。縫合不全がないとしても、はっきりとは言ってもらえなかったが、どうも余命は一年少々らしく、五年生存の可能性はゼロとのことだった。
初めは現実と思えなかったが、まぎれもない現実なのである。翌朝、東京に住んでいるひとり娘も帰って来て、妻の入院生活が始まった。
松井先生の勧めもあって、私は妻に、余命が一年少々らしいということだけは伏せて、あらましを話したのだ。
手術後の経過は順調で、七月の初めには退院になり、それからは、注意して普通の生活をしながらの通院になった。
こちらとしては、妻に身体的・精神的苦労をさせないように努める以外、できることはない。妻と話し合って、いわゆる健康食品も摂取し、少し後には、前から癌だったという同業の光瀬龍さんが、自分が服用している別の健康食品を送って来て下さったので、それも併せて飲むようになった(光瀬さんは一九九九年の七月に亡くなられ、妻の希望もあって、一緒に告別式に行ったのだ)。とはいえそうした健康食品がどの位効果があったのかは、私にはわからない。当然ながら頼りにするのはあくまでも病院と松井先生なのだ。
妻が退院してから、私は考えた。
何か自分にできることはないだろうか。
思いついたのは、毎日、短い話を書いて妻に読んでもらうことである。
文章の力は神をも動かすというが、もちろん私は、自分の書くものにそんな力があるとは信じていない。
ただ、癌の場合、毎日を明るい気持ちで過ごし、よく笑うようにすれば、体の免疫力が増す――とも聞いた。
妻の病以来、私は外泊しなければならぬ用はできるだけ断り、原稿書きの仕事も最小限にするように努めていた。なるだけ一緒にいるようにし、手助けもするとなれば、そうならざるを得ないのである。周に二回、大阪芸術大学へ教えに行ってもいるのだ。
しかし妻とすれば、自分のせいで私の仕事に悪影響が及ぶのが嫌だったのだろう。もっと書かなければと言う。
だったら、原稿料は入らないけれども、妻のために面白い話を書けばいいのではないか? いや、なりゆきしだいでは、それだって実績になり収入につながってくるかもしれない。これまでショートショートはかなり書いてきているから、つづけられる自信があった。
書いたら読んでくれるかと尋ねると、元来本が好きな妻は、読もうと頷いた。
で……七月十六日から書き始めたのである。
妻の入院・手術の日から数えると、一か月以上も後である。当初は動転もしていたし、とてもそんなことを考える余裕がなかったのだ。妻の状態がある程度安定していたから、やってみようという気になったと言える。
だが、そんな事情で、病気の妻ひとりを読者とするのだから、私は、書くものに自分で制約を設けることにした。
まずは枚数。長いものを書くほどの時間はないのだから、短くせざるを得ない。といって、間に合わせの手抜きにはしたくなかったので、四百字詰め原稿用紙で三枚以上とする(実際には、一編平均で約六枚になった)。
エッセイにはしない。必ずお話にする。
当然ながら私も、内輪のお義理のものにはしたくない。一編一編、商業誌に載ってもおかしくないレベルを保持するつもりで、妻にもこのことは宣言した。
病人の神経を逆なでするような話は書かない。病気や人の死、深刻な問題、大所高所からのお説教、専門用語の乱発、効果を狙うための不愉快な視点などは避ける。
また、ラブロマンスや官能小説、不倫なども、書かない(もともと不得手なのだ)。
話に一般性を持たせるため、固有名詞はなるべく使わず、アルファベットのABCを順番に出し、一巡したらまたAから始める。もっとも、わけのわからぬ変な固有名詞は、一種の味つけになるのでこの限りではない。
夢物語でも荒唐無稽でもいいが、どこかで必ず日常とつながっていること。
若い人には面白くなくても構わない。
――といったところだろうか。
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