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- 鋼のメンタル
- 価格:968円(税込)
何度も“炎上”を経験してきたベストセラー作家・百田尚樹さんによる最強のメンタルコントロール術を綴った『鋼のメンタル』。
どうすれば少々のことで参ってしまわないメンタルの持ち主となれるのか。
百田さんは、喜怒哀楽の感情を必要以上に抑えないことの重要性を説きます。
(『鋼のメンタル』からの抜粋です)
喜怒哀楽があってこその人生
第六章 「成功」の捉え方
心から笑う人が減った
喜怒哀楽――とても素敵な言葉です。
「人生」というものを一言で言い表せる言葉があるとすれば、私はまさに「喜怒哀楽」こそぴったりの言葉だと思います。この四つの感情はおそらく人間だけが持っている感情でしょう(一部の哺乳動物もわずかに持っているかもしれませんが)。
ただ、現代の多くの人は、喜怒哀楽の中の「喜」と「楽」しか求めていないようにも見えます。喜びと楽しみを追い求めるというのは大切なことです。人生の目的はそこにあると思います。ですが、「怒」や「哀」から逃げたり、排除しようとするのは、間違っているような気がします。「怒」や「哀」があるからこそ、「喜」も「楽」もあるのです。そして「怒」や「哀」が大きければ「喜」も「楽」も大きくなるのです。
それはそれとして、現代人は「喜怒哀楽」をあまり表現しない人が多いように思います。昔と比べると、心から嬉しそうに笑う人や、本気で怒りをあらわにする人が少なくなってきたように思います。これはなぜでしょう。もしかすると、人前で大袈裟に喜んだり、怒ったり、泣いたり、笑ったりして感情を剥き出しにするのは、はしたないことだと無意識に思っているのではないでしょうか。
私は周囲の人から「喜怒哀楽」が激しいと言われます。すぐに笑うし、すぐに怒るし、すぐに落ち込みます。要するに感情の起伏が激しいのです。恥ずかしいことに六十歳を超えても、子供みたいにすぐに自分の感情を顕わにします。
ただそうは言っても、子供の喜怒哀楽の大きさには勝てません。子供はちょっとのことで大喜びしますし、ささいなことで大泣きします。全身を使って感情表現する彼らには、さすがの私もまったく敵いません。
心はゴムボールのようなもの
私は、心はゴムボールのようなものではないかと思っています。ボールはどこかにぶつかると跳ね返ります。強くぶつけると強く弾み、弱くぶつけると弱く弾みます。子供の心は柔らかく弾力に富んだボールです。だから、ちょっとの衝撃で大きく弾みます。時には大人が驚くほど弾みます。でも子供のような喜怒哀楽の表現を大人がすると大変です。いい年をした男性や女性が人前で号泣したり、怒声を上げたりするのは、まともな社会人とは言えません。それで大人になると、少しくらいの衝撃では弾まないように、感情の弾力性を抑制するようになります。
これにはもうひとつの利点があります。それは、大きな悲しみやショックを受けた時、心が激しく揺れ動くのを防ぐことができるということです。弾みすぎるボールは自分自身を疲れさせます。でもふだんから抑制が当たり前になっていれば、衝撃を小さくしてしまうことができるのです。でも、実はここには落とし穴があります。そんなふうに感情の表現を抑制しすぎると、いつのまにか感情そのものが鈍くなっていくのです。これは心理学の世界では常識だそうです。つまり感情を長らくセーブしていると、やがて「喜怒哀楽」の幅がどんどん小さくなります。そうなるとどうなるか――感情の起伏がない人間になってしまうというのです。
皆さんも周囲を見渡してみてください。ほとんど笑わない人がいませんか。あるいは、表情の変化が極端に乏しい人がいませんか。そういう人はもしかしたら、自分の感情を抑えすぎた結果、そうなってしまった人かもしれません。ゴムボールに喩えると、ゴムが劣化して弾まないボールになってしまったというわけです。でも、そういうボールは本当に激しい衝撃を受けた時、弾むことでそれを緩衝できずに、壊れてしまうかもしれません。年を取って、瑞々しい感情がなくなるのは悲しいものがあります。いつまでも柔らかいボールでいたいものです。
ですから、皆さんにお願いしたいことがあります。それは、喜怒哀楽の感情を必要以上に抑えないでほしいということです。泣きたい時は泣き、怒りたい時は怒りましょう。それをしなければ、嬉しい時に喜べなくなるし、楽しい時に笑えない人間になってしまいます。
「驚く」ことの大切さ
私の愛読書のひとつにゲーテの『ファウスト』があります。この本には示唆に富むところが山のようにあるのですが、若い時に読んで不思議な感銘を受けたシーンがあります。それは、一生を学問に捧げて世の中のあらゆることを知り尽くしたファウスト博士と、悪魔のメフィストーフェレスとの会話です(第二部・第一幕より)。
メフィストーフェレスがファウストに向かって、「奇怪なことなんかにはもうとうに慣れているはずでしょう」と言うと、ファウストはこう答えます。
「それでも己は物に動じないということを必ずしもいいことだとは考えないのだ。驚く、これは人間の最善の特性ではあるまいか。(中略)驚き撃たれてこそ、巨大な神秘に参入しうるのだ」(高橋義孝訳)
『ファウスト』を読んだのは二十代でしたが、なぜかこの言葉は深く心に残りました。
その後、国木田独歩の奇妙な形而上的小説『牛肉と馬鈴薯』を読んでいる時に、登場人物のある台詞を見て唸りました。その人物は大哲学者や大科学者になるのが願いという男ですが、一番の願いは「喫驚(びっくり)することだ」と言うのです。そして呆れる友人たちに、「宇宙の不思議を知る」ことよりも「不思議なる宇宙を驚きたい」と言うのです。
二つの小説の登場人物が語っている「驚き」とは、つまるところ「感動」のことを言っていると今ではわかります。芸術も科学もそこに向かう一番のモチベーションは「感動する心」だと思います。そして感動するには瑞々しい心が必要です。そう、柔らかいゴムボールのような――。
でも悲しいことに、今これを書いている私自身も、若い頃に比べて心のゴムが硬くなってきたという自覚があります。ですから、少しでも劣化を防ぐためにも、これからも大いに笑い、泣き、怒ろうと思っています。
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