美人とブスの「経済格差」は何万円? 人間社会のタブーに切り込んだ『言ってはいけない―残酷すぎる真実―』(橘玲)試し読み

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 シリーズ累計60万部を突破した『言ってはいけない――残酷すぎる真実――』。進化論、遺伝学、脳科学の最新知見をもとに、さまざまな“不愉快な現実”を突き付けた本書から、残酷すぎる「美貌格差」について紹介する。果たして「美人」は本当に人生で得をしているのか。しているとすればどのくらいの金額になるのか。さらにイケメンはどうなのか。科学が示した驚きの真実とは。

(『言ってはいけない―残酷すぎる真実―』からの抜粋です。)

あまりに残酷な「美貌格差」

 容姿によって人生が左右されることは誰でも知っている。美男や美女は誰からも愛され、ブス、ブ男は無視される。だったら美貌の経済効果はどのくらいだろうか。――こんな疑問を思いついたのが経済学者のダニエル・ハマーメッシュだ。

 ハマーメッシュは、美しさの基準は時代や文化によって異なるものの、そこにはある種の普遍性があるという。あらゆる社会に共通する美の基準は顔の対称性と肌のなめらかさで、女性の体型で重要なのはウエストのくびれだ。これを進化論的に説明すると、顔の対称性が崩れていたり、肌に湿疹や炎症ができているのは感染症の徴候で、ウエストのふくらんだ女性は妊娠の可能性がある。いずれも子孫を残すのに障害となるから、進化の過程のなかで健康な異性や妊娠していない女性を選好するプログラムが脳に組み込まれたのだ。

 多くのひとはこうした説明を不愉快に思うにちがいない。だがこれは、現在では科学(進化生物学や進化心理学)の標準的な理論で、実験や観察結果による膨大な証拠が積み上げられている。もっとも現代人の美の選好がすべて進化で説明できるわけではなく、ヒトと大半の遺伝子を共有するチンパンジーやボノボのオスは、若い“処女”よりも出産経験のある年長のメスに魅力を感じる。貴重な食料とセックスを交換するのなら、健康な子どもを産む能力を証明している相手のほうが“投資効率”が高いわけで、たしかにこのほうが進化論的に合理的だ。

美人とブスでは経済格差は3600万円

 美貌の経済効果を計測するのは、(現実にはともかく)理屈のうえでは簡単だ。人種や年齢、社会階層、学歴など外見以外がすべて同じ男女をたくさん集めてきて、第三者にその美貌を判定させてランクづけし、収入の差を調べればいい。

 実際にはこのような調査は不可能でさまざまな統計学的調整や類推をするのだが、その過程を飛ばして結論だけいうと、美貌を5段階で評価し、平均を3点とした場合、平均より上(4点または5点)と評価された女性は平凡な容姿の女性より8%収入が多かった。それに対して平均より下(2点または1点)と評価された女性は4%収入が少なかった。容姿による収入の格差はたしかに存在するのだ――知っていたと思うけど。

 経済学ではこれを、美人は8%のプレミアムを享受し、不美人は4%のペナルティを支払っていると考える。ペナルティというのは罰金のことで、たんに美しく生まれなかったというだけで制裁されるのだからこれは差別そのものだ。

 ところで、このプレミアムとペナルティは具体的にどの程度の金額になるのだろう。

 20代女性の平均年収を300万円とすると、美人は毎年24万円のプレミアムを受け取り、不美人は12万円のペナルティを支払う。こう考えると、思ったより「格差」は小さいと感じるのではないだろうか。世間一般では、美人とブスでは天国と地獄ほどのちがいがあると思われているのだから。

 ただしこの計算も、一生で考えるとかなり印象が変わってくる。大卒サラリーマンの生涯賃金は(退職金を含め)約3億円とされているから、美人は生涯に2400万円得し、不美人は1200万円も損して、美貌格差の総額は3600万円にもなるのだ。

 この試算を単純すぎると思うひともいるだろう。美貌は年齢とともに衰えるのだから。

 だがハマーメッシュは、弁護士のような職業では美貌格差は年齢とともに大きくなると述べる。若いときの収入は同じでも、美貌の弁護士はよい顧客を獲得しやすいから、年をとるにつれてその経済効果が大きくなっていくのだ。

 さらに身も蓋もないことに、美貌と幸福の関係も調べられている。そして予想どおり、美人はよい伴侶を見つけてゆたかで幸福な人生を手に入れ、不美人はブサイクな男性と結婚して貧しく不幸な人生を送ることが多いという結果が出ている。だが幸いなことに(?)この差も一般に思われているほど大きくはなく、上位3分の1の容姿に入るひとが自分の人生に満足している割合は55%(すなわち45%は不満に思っている)で、下から6分の1の容姿でも45%が自分の人生に満足している。この結果を肯定的にとらえれば、美形でも半分ちかくは不幸になり、ブサイクでも半分ちかくは幸福になれるのだ。

 この美貌格差が、男性よりも女性にとって大きな心理的圧迫になっていることは明らかだ。これは男性が女性の若さや外見、すなわち生殖能力に魅力を感じるからで、これによって女性は熾烈な「美」の競争へと駆り立てられる。

 それに対して女性は、男性の外見以外にも、社会的な地位や権力、資産に魅力を感じる。これはブサイクな男性も、努力によってそのハンディを乗り越えられるということだ。その結果、女性だけが美しさの呪縛に苦しむことになる。過度なダイエットや拒食症、整形手術による身体への暴力は「美の陰謀」なのだ……。

 ここまでは周知の事実を学問的に検証しただけで、面白みはないかもしれない。だが話はここからすこしちがう方向に進んでいく。

「美貌格差」最大の被害者とは

 ほとんどのひとが容姿を女性にとってより重要な問題だと考えるだろうから、ここまでは意図的に女性の美貌格差を紹介してきた。だがハマーメッシュは、女性よりも男性のほうが美貌格差が大きいことを発見した――といっても、これはすこし説明が必要だ。

 まず、美形の男性は並みの容姿の男性より4%収入が多い。女性の場合、美貌のプレミアムは8%だからその半分で、男性はイケメンでも経済効果はそれほど期待できない。これは常識の範囲内だろう。

 驚くのは容姿の劣る男性の場合で、平均的な男性に比べてなんと13%も収入が少ないのだ。女性の場合は4%だから、醜さへのペナルティは3倍以上にもなる。なぜこれほどまでに男性は容姿で差別されるのだろうか。

以上は本編の一部です。詳細・続きは書籍にて

橘玲
1959年生まれ。作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』が三十万部超のベストセラーに。『永遠の旅行者』は第19回山本周五郎賞候補となり、『言ってはいけない 残酷すぎる真実』で2017新書大賞を受賞。

新潮社
2025年4月24日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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1896年(明治29年)創立。『斜陽』(太宰治)や『金閣寺』(三島由紀夫)、『さくらえび』(さくらももこ)、『1Q84』(村上春樹)、近年では『大家さんと僕』(矢部太郎)などのベストセラー作品を刊行している総合出版社。「新潮文庫の100冊」でお馴染みの新潮文庫や新潮新書、新潮クレスト・ブックス、とんぼの本などを刊行しているほか、「週刊新潮」「新潮」「芸術新潮」「nicola」「ニコ☆プチ」「ENGINE」などの雑誌も手掛けている。

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