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- 私はヤギになりたい ヤギ飼い十二カ月
- 価格:1,980円(税込)
小豆島で暮らす文筆家・イラストレーターの内澤旬子さんが、5頭のヤギたち(カヨ、茶太郎、玉太郎、銀角、雫)との暮らしを綴った『私はヤギになりたい』を上梓しました。
庭の除草のためにヤギを飼い始めたものの、いつしかヤギ好みの雑草・雑木を求めて島中を探し回ることに……。前代未聞のヤギ飼いイラストルポより、試し読みとして一部を公開します。
草を食べると言うけれど
瀬戸内海の小豆島でヤギを飼い始めて5回目の春を迎えた。春はヤギとヤギを飼う人間にとって、待望の季節である。茶色い枯草がボソボソと残る空き地や道端に、柔らかく美味しそうな緑色の新芽が少しずつ増えてくるからだ。
これで、やっと、美味しいごはんの調達が容易になる。早く早く、雑草たちよ、刈り取りやすい丈に伸びておくれと熱い視線を投げかける。
現在ヤギは5頭いる。名前はカヨ、茶太郎、玉太郎、銀角、雫(出生順)。広さは40メートル×20メートルほどある。ビニールハウスの廃屋を借り、側面にワイヤーメッシュ(溶接金網)を張り巡らせた中を、自由に歩き回っている。部分的に屋根を取り付け、寝床を作ってある。
(c)内澤旬子
最初は1頭だけを自宅の軒下に繋いで飼っていた。そもそもヤギを飼おうと思ったのは家の周辺の雑草を食べさせたかったからだ。草刈り機の音が苦手で、なんとか静かに除草ができればと考え、沖縄の友人から分けてもらった。ヤギはブタ同様、ひと昔前までは田舎ではごく普通に1頭か2頭、軒下に繋がれていて、畑の残り株や野菜の残渣(ざんさ)などで適当に飼われていた。
以前に千葉でブタを3頭、家と繋がった物置を改造して数カ月間飼養し、食べたことがある。ヤギはブタよりは軽い(沖縄のシバヤギという品種は、本土でよく見かけるザーネン種よりも二回りほど小さい)し、1頭くらいその辺の草でなんとかなるだろうくらいにしか考えていなかった。
近所の人に聞いても、小豆島でも昔は家で飼っていて、ヤギの乳を飲んで育ったという人は多いのに、具体的な飼養方法を尋ねると、ほとんど世話らしいことをした記憶がないという返事ばかり返ってくる。文字通り「ついでに」飼っていたという認識のようだ。
ヤギは家畜としてもウシ、ブタ、ニワトリに比べて一部の地域以外では大規模産業化が進まず、最近では家族の一員、愛玩動物として飼う人が増えてきている。除草ビジネスとしてヤギを活用する動きもあるが、家畜としてもペットとしてもメジャーな存在ではない。犬や猫のように「こう飼うべき」という指針らしきものも少ない。その分のびのびと飼っている人が多いように思う。
うちにやってきたヤギ、カヨは、家の周りの草をあまり食べてくれなかった。しかも寂しいのかなんなのか、玄関のドアを開けた瞬間に私を見てメエメエと鳴き出す。
窓を開ければ何か訴えるような目で見上げている。何が欲しいのだろうか。さっぱりわからない。今ならば、美味しい草が食べたいのと、仲間がいなくて寂しいのと、繋がれている状態が嫌だと言っていたのだとわかるのだが、当時は困り果てた。
干した牧草(主にウシ用)を購入することも考えたが、小豆島では農家でもない個人が干し草を農協から購入することが難しく、牛農家さんから分けてもらうか香川県本土の飼料を扱う会社に直接買いに行くしか方法がなかった。手間や送料を考えると憂鬱だ。
我が家の周りでなくても島には雑草がたくさんあるのに、このまま食べさせないのはもったいないではないか。カヨに綱をつけて散歩しながら、「カヨ、これは? 食べてみるかい?」と目の前に差し出しながら、カヨが好んで食べる草をひとつひとつしらみつぶしに探すこととなった。カヨは草にふっと鼻を近づけて匂いを嗅ぎ、食べるかどうかを決める。
結果として私が最初に住んだ家の周りの草にヤギの好物が少なかっただけで、範囲を広げて収集すれば、カヨが好む草が山ほどあることがわかってきた。そして草よりも実は木の葉を好むことも、試行の果てに知った。
雑草木万華鏡
気が付いたら小豆島中に生える雑草と雑木と畑の作物の成長具合や変化に、つまりは季節の移り変わりにとても敏感になっていた。人々がひたすら嫌い、邪魔だからと刈り取ったり、時には薬で枯らして無くそうとする雑草たちのひとつひとつが、それぞれ決まった時期になると決まった場所で芽を出し、すくすくと伸びて花を咲かせて実をつけ、そして枯れる。
枯れる頃には別の草が繁茂し始めているので、枯れ姿はよほど気をつけない限り目に留まることもない。落ちた種は地面に潜伏し、季節が一巡するのをじっと待って、芽を出す。同じ場所に何種類もの雑草たちが交じり合って根を張り種をちりばめ、それぞれの生命サイクルで絡み合うようにして野原を作っているのだ。万華鏡を眺めているようで飽きない。
もちろんうっとりぼんやり眺めているわけにはいかない。そもそも雑草を眺めるようになったのは、ヤギに食べさせたいからだ。ヤギが好む草の旬の時期を掌握し、その時期を狙って万華鏡を破壊するかのごとくバリバリと刈り取る。もし彼らにとっての「旬」を外して刈り取って持っていくと、「なぜこんな季節外れなものを私たちに食べさせようとするの?」と呆れられ(本当にそういう表情でこちらを見返すのだ)、食べてくれないからだ。カヨに至っては怒って頭突きをしてくる。
(c)内澤旬子
これはヤギたちが大好きな草、一応食べる草、実をつけた状態が好き、毒があるなどなど、名前はわからなくても繁茂する季節や場所、葉の形から頭に入れていくこととなった。
畑の作物を収穫したあとに残る葉や茎(ガラ)も雑草同様処分に困る邪魔モノなので、引き取りたいと言うとみなさん快諾してくださる。作物にも当然それぞれ植えるべき季節があり、ガラが出る季節も決まっている。
今の広大なヤギ舎にはカヨを迎えて三年目の秋に引っ越すのであるが、来てみたら島の中でも果樹栽培が盛んな地域で、野菜よりも果樹が目立つくらいだ。
果樹の中心的存在は小豆島らしくオリーブ。そして蜜柑(ミカン)、葡萄(ブドウ)、李(スモモ)、枇杷(ビワ)、無花果(イチジク)、キウイフルーツ、柿、檸檬(レモン)。驚くほどフルーツに囲まれている。特にヤギ舎の周りにはオリーブと蜜柑農家が多い。ヤギ舎の大家さんは葡萄農家である。どういうわけか果樹の剪定時にでる枝葉はどれもヤギの大好物だ。
という具合に、いつのまにか小豆島ヤギ食用草木の地図と歳時記のようなものが頭の中に形成されつつある。本書では、ヤギたちの様子とともに季節ごとの餌となる草木や小豆島の自然を紹介していきたい。
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1930年創業。月刊誌『山と溪谷』を中心に、国内外で山岳・自然科学・アウトドア等の分野で出版活動を展開。さらに、自然、環境、ライフスタイル、健康の分野で多くの出版物を展開しています。
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