なぜ「東大生」は就活で最強なのか? 私大卒が「出世しないのは当たり前」、早大生は「劣等者」…入試科目数の変化が生んだ“東大至上主義”の正体

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東京大学・赤門

 ここ数年、世界的な労働力不足が叫ばれ、日本でも新卒者の初任給が高騰し続けている。厚労省が発表した「令和6年賃金構造基本統計調査」によると、大卒者(男女)の初任給は24.8万円となっており、10年前から約5万円もアップしている。さらに、2025年卒の大卒者における有効求人倍率は1.75倍。今日の日本は就活生に有利な“超・売り手市場”なのだ。

 こうした就職活動でも“最強”といえそうなのが、東大生である。「東京大学新聞社」によると、2023年度卒業の学部生の就職先トップは「EYストラテジー・アンド・コンサルティング」、2位は「アクセンチュア」と、いずれも初任給が先の平均より10万円以上も高い外資系コンサルだ。初任給だけでなく、入社10年で年収2000万にも手が届くような企業なのである。

 なぜ、東大生はこれら企業に評価されるのか? 「日本で一番優秀な人材が集まる大学だから」という単純な理由以前に、明治期からの入試科目の変遷の影響を指摘するのは、『「反・東大」の思想史』(新潮選書)の著者・尾原宏之氏だ。どういうことなのか、同著から紐解いてみよう。
※以下、同著の一部をもとに再編集しました。

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東大出身者は「大企業の精鋭正社員の資質にまことにふさわしいのです」


 1930年、雑誌『実業之日本』は、官界における帝大卒(特に東大卒)の優遇と、私大卒・下級官吏への差別迫害を続々と告発し、官民のあらゆる領域で学歴差別を排除する「実力主義」を提唱した。そこには現在でいうキャリア・ノンキャリア間の制度的差別への批判と、学閥の専横への批判が混在していたが、「学歴」と「実力」の間にくさびを打ち込もうとする試みではあった。類似の批判は戦後も繰り返されてきたことは誰もが知ることだろう。

 だが結局のところ、文部次官などを歴任した澤柳政太郎がいうように、東大(帝大)卒という学歴は小・中・高の「普通教育」を完全にこなしたことを示すもので「実力」と当然関係する、という主張が勝ちやすい。戦後も、東大生が国・数・英・社・理の全科目にわたって最高度の成績を収めてきた事実をもって他大生との差異が説明される。左派・リベラル色の強い人々でもそうで、経済学者の熊沢誠は次のように述べている。

「東大出とはなにか。それは子供のころから嫌いな科目を捨てなかった人のこと(笑)だと思います。そして、競争に耐えてあの東大に入ることができたという記憶をもつ人間に特有の、どんなことについても発揮しうる「やる気」、不馴れなことにも対応できるという自信、勉強を続けられる気力と体力、そういうすべてが、大企業の精鋭正社員の資質にまことにふさわしいのです」(『働き者たち泣き笑顔』)。

私大出身者が「出世しないのは当たり前」、早大は「数学の出来ぬ頭脳の劣等者の逃場所」

 熊沢は就職差別や学歴差別を強く批判する陣営に属する。だが、この議論を敷衍(ふえん)すると、嫌いな科目をすぐ捨て、やりたくないことを放置する者は誰か、という疑問に行き着く。熊沢は明示していないが、大卒者の中では私学出身者がそれに該当することは間違いない。明治の官僚である澤柳は、私学出身者は外国語ができない、大局観がない、横着であると指摘した。中学レベルさえ不完全なまま無試験で法律学校に潜り込み、文官高等試験などの一発試験を何回も受けて官界に潜り込む私学出身者が出世しないのは当たり前だというわけである。

 一高・東大型の優秀性が私学型の劣悪性を通して映し出される、という構図は歴史を貫いている。熊沢の研究を含む数多くの社会科学の成果をたくみに用いて日本社会の「慣習の束」を描いた小熊英二の『日本社会のしくみ』は、高度成長後の学校の序列化現象に関心を注いだ。オイル・ショック後の1970年代中頃から、文部省は助成と引き換えに私学を監督下に置き、私立の大学・短大の新設と定員を抑制した。すでに見たように私大は戦後増加の一途で、特に文系卒業生が増えすぎてしまっていたからである。ところが、高度成長期とは違ってもはや高卒では就職が難しくなったので、進学希望者は増加を続け、減少した定員をめぐって受験戦争が過熱した。

 教育学者の乾彰夫の研究によれば、その中で高校における「国立理系」「国立文系」「私立理系」「私立文系」のコース分けが広がった。このうち、なにを学びたいか、将来どの職業につきたいかについてヴィジョンを持たず、「消去法的選択態度」を取る傾向が最も強いとされたのは、受験科目数の少ない「私立文系」であった。「私立文系」の下には専門学校、高卒の世界が広がっている。「主要五教科、とりわけ数学の得手不得手」が進路選択に強く影響していることも明らかにされた(『日本の教育と企業社会』)。

 早稲田大学出身の小説家・正宗白鳥が母校を「数学の出来ぬ頭脳の劣等者の逃場所」と自嘲的に呼んだことが想起される。

尾原宏之(おはら・ひろゆき)
1973年、山形県生まれ。甲南大学法学部教授。早稲田大学政治経済学部卒業。日本放送協会(NHK)勤務を経て、東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程単位取得退学。博士(政治学)。専門は日本政治思想史。首都大学東京都市教養学部法学系助教などを経て現職。著書に『大正大震災―忘却された断層』、『軍事と公論―明治元老院の政治思想』、『娯楽番組を創った男―丸山鐵雄と〈サラリーマン表現者〉の誕生』、『「反・東大」の思想史』など。

新潮社
2025年4月2日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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