推理小説「犯人はお前だ」の中に、2世紀もの間、誰も気づかなかった未解決事件を発見! 『謎ときエドガー・アラン・ポー――知られざる未解決殺人事件』試し読み
試し読み
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- 謎ときエドガー・アラン・ポー
- 価格:1,815円(税込)
『謎ときサリンジャー──「自殺」したのは誰なのか』(朴舜起氏との共著、新潮選書)で第21回小林秀雄賞を受賞、世界最高峰のミステリ賞〈エドガー賞〉(評論・評伝部門)で日本人初の最終候補となったこともある竹内康浩が、満を持して送り出したのが『謎ときエドガー・アラン・ポー――知られざる未解決殺人事件』だ。
日米でほぼ同時に刊行、〈エドガー賞〉受賞も視野に入る同書には推理作家・法月綸太郎さん、慶應義塾大学名誉教授・巽孝之さんも賛辞を寄せる。同書の巻頭を飾る「まえがき」を公開する。
まえがき
こんなことを言えば途方もない妄想家だと思われるでしょうが、どうやら私はエドガー・アラン・ポーの未解決殺人事件を発見し、その謎を解いてしまった気がするのです。
一人の男が殺されているというのに、現場にいる登場人物たちは誰もそれに気づかない。殺害場面を読んでいるはずの読者も、その犯行を見過ごしてしまう。そんな巧妙な完全犯罪が、もう二世紀近くもの間、ポーの作品の中に隠されたままになっていると私は思うのです。
その作品とは「犯人はお前だ」という短編小説です。四十歳という若さで不遇の人生を終えたポーが死の五年前に書いた「最後の推理小説」です。「アッシャー家の崩壊」や「黒猫」など、ポーを代表する作品と比べれば、知名度ばかりか評価も高くありません。「推理小説のパロディー」と言う向きすらあります。しかし、「犯人はお前だ」こそ、埋もれた傑作というありふれた形容では済まされないほど、ポーの天才の神髄を私たちに教えてくれる希有な作品ではないか。ここに描かれた「未解決」の殺人事件こそが、ポーの作品世界を読み解く鍵なのではないか。私がこれからお話ししたいのはそのことです。
ポーといえば、推理小説の始祖として知られています。それまでにも犯罪とその解決を描く物語はありましたが、ポーは「モルグ街の殺人」という1841年に発表された短編で、名探偵オーギュスト・デュパンを創造し、現在の私たちが思い浮かべる推理小説の典型的な要素――謎めいた事件の発生、警察による捜査の失敗、天才的頭脳を持つ探偵による謎の解決――を作り上げたのでした。
これは画期的な、いわば文学的な事件でした。もしもこの作品でデュパンが登場しなければ、後にコナン・ドイルのシャーロック・ホームズも生まれなかっただろうと、かの江戸川乱歩も感嘆したほどです。アメリカの国民作家マーク・トウェインも、あまたの推理小説の中で「モルグ街の殺人」だけを高く評価してこう言いました――「自分の推理小説を恥ずかしく思わないでよいのは、『モルグ街の殺人』を書いた作家以外には一人もいないだろう」。ただし現在、ポーの最高の推理小説とされているのは最後のデュパンもの、「盗まれた手紙」です。二十世紀後半、フランスの知の巨人ジャック・ラカンやジャック・デリダが相次いでこの作品を論じ、その後も批評的な関心を集めることとなりました。
しかし、さらにそれを超えるものとしてポーが世に問うたのが、その数ヶ月後に発表された野心作、すなわち「犯人はお前だ」であり、この作品こそがポーの推理小説の最高到達点だと私は思うのです。
ポー自身にとって「盗まれた手紙」と「犯人はお前だ」は、絵に描いた餅と本物の餅ぐらい違っていたのかもしれません。「盗まれた手紙」で描かれた事件は、いわば紙上の餅で、読者はそれを解く楽しみを味わうことはできません。「食べる」役を名探偵デュパンが担うからです。他方、デュパンのいない「犯人はお前だ」では、読者自身が事件の謎解きをすることになります。そんな特別な作品を、ポーは読者に差し出してくれたのだと思います。
謎解きは楽しい。ポー自身がそのことをよく知っていました。最初のデュパンものである「モルグ街の殺人」の冒頭、いの一番にポーが書いたのはそのことでした――
「傑出した分析能力を持っている人にとって、その能力が最も強烈な喜びの源泉となることを私たちは知っている。ちょうど屈強な男が自身の身体能力を勝ち誇り、その筋肉を動かす運動を楽しむように、分析者はもつれたものをほぐすという精神的な活動を喜ぶのである。」
ポーが引き合いに出したのは、食べ物ではなくて運動ですが、入り組んだ謎を解く(もつれたものをほぐす)ことも自分でやってみるのが一番楽しいのです。
ただ、ポーが「犯人はお前だ」を書いたのは、単に読者のためだけではありませんでした。ポー自身がデュパン・シリーズに満足していなかったからでもあります。どうやらポーにとっても、デュパンものは「絵に描いた餅」に見えていたようです。
ポーは友人に宛てた手紙のなかで、人々が自分の推理小説を過大評価していると述べています。その理由はこうです――「たとえば『モルグ街の殺人』もそうだが、作家自身が元々解決する明確な意図を持って編み上げた謎を解いて見せたからといって、そのどこがすごいのだろうね?」
推理小説は作家が謎を作り、それを作家自身が造形した探偵に解かせることで成り立っています。つまり、作家が出題者と解答者という二役を一人で演じています。そんな「茶番」のどこがすごいのか、ということでしょう。
では、ポーにとって「すごい」推理小説とはどんなものだったのでしょうか。
本書で問いたいのはそこです。
まずは序章から順を追って読んでいただければ、ポーの脳内にはあったけれど、二世紀近く他の誰も解くことのなかった「未解決殺人事件」が、そしてなぜこの作品がポーの作品世界を読み解く鍵であり、「ポー最後の推理小説」となってしまったのかが浮かび上がってくると思います。
Yasuhiro Takeuchi
1965年、愛知県生まれ。アメリカ文学者。北海道大学大学院文学研究院教授。東京大学文学部卒。Mark X:Who Killed Huck Finn's Father?(マークX──誰がハック・フィンの父を殺したか)がアメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)の評論・評伝部門で日本人初の最終候補となる。『謎ときサリンジャー──「自殺」したのは誰なのか』(朴舜起氏との共著、新潮選書)で第21回小林秀雄賞を受賞。『謎ときエドガー・アラン・ポー―知られざる未解決殺人事件―』は英語版がアメリカで刊行される。
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