「ADHDは遺伝する」なぜ進化の歴史で“ADHD遺伝子”は淘汰されなかったのか? 最新科学をもとにしたアンデシュ・ハンセン『多動脳』試し読み

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「注意欠陥・多動性障害」と呼ばれていたADHDはいま、「注意欠如・多動症」と呼ばれています。国立精神・神経医療研究センターによると、日本でADHDの診断に該当する割合は「成人で2.5%」、子どもだと「学童期の子どもの3~7%」にも及び、35人編成のクラスなら約2人にあたります。さらに、ADHDに該当する人は日常生活で困難に直面することが多く、子どもも大人も、うつ病、双極性障害、不安症などの精神疾患を伴っていることもあるといいます。

 マイナス面ばかりが目立つADHDについて、最新の知見から“強み”を見出す異色の書籍『多動脳』(アンデシュ・ハンセン著)が発売されました。ハンセン氏は、ADHDにつながる遺伝子があり、それは親から子へと遺伝するという事実を伝えるだけでなく、人類が進化する中でこうした遺伝子が淘汰されなかったのは“強み”があったからだといいます。

 ADHDの“強み”とは? 世界的なベストセラー『スマホ脳』や『メンタル脳』の著者であるハンセン氏の最新刊『多動脳』より、第2章の一部を特別公開します!

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第2章 この世界は退屈すぎる!

人間も種の1つにすぎない──かなり特殊な種ではあるが。自分たちの本質がいかにして進化を遂げたかを解せずして自己を理解することはできない。
──マット・リドレー(生物学者、作家)『赤の女王──性とヒトの進化』

 自分をやる気にさせるもの、それは何だろうか。恋愛? お金? それとも周りの人からの承認? 安心? 未知の経験かもしれないし、切り立った崖をスキーで滑り降りたり、パラシュートで空から飛び降りたり、マラソン大会に出たりといった「限界への挑戦」かもしれない。

 医学的には単純な答えがある。人間をやる気にさせるのは脳の奥深くにある豆ほどのサイズの脳細胞の集まりで、医学用語では「側坐核(そくざかく)」、俗に「報酬系」「脳の快楽中枢」などと呼ばれている。自分が好きなこと──美味しいものを食べたり、友達と会ったり、音楽を聴いたり、フェイスブックに「いいね!」がついたり、セックスやランニングをしたり──はどれも側坐核から始まるのだ。

 報酬系はよく神経科学の雑学ネタで紹介され、セックスをしたり、仕事で昇進したり、美味しいものを食べたりするとクリスマスツリーのようにぴかっと点灯するイメージが定着している。しかし側坐核は心地良さを提供するだけでない。実は他にも重要な役割を担っている。

 報酬系は上司に褒められたら急にスイッチがオンになり、その後はオフになるというものではなく、常に「待機モード」になっている。教室で授業を聴いている最中もいくらか活動しているし、この一文を読んでいる間もそうだ。活動が下がるとこの本に退屈しているということで、他に活性化してくれるものはないかと探し始める。例えばスマホ──スマホには報酬系を活性化させるとんでもない力がある。先生の話が長いからスマホを手に取りたくなるのには側坐核が関わっている。

 側坐核はその人がやろうとしていることに「時間をかける価値があるかどうか」を常に伝えてくるが、そこで「価値がない」という判断になると、別のものを探したい衝動が起きる。つまり側坐核は先生の話を聞いたりこの本を読み続けたりする価値があるかどうかを伝えてくるのだ。

 報酬系を活性化させるものは人類共通で、美味しい食事、人との交流、セックスなどだ。ただし個人差もあり、私の場合は音楽を聴くと活性化するが、テレビでスポーツの試合を観ても何も起きない。人によって活性化される要因が違うのは不思議でも何でもない。蓼(たで)食う虫も好き好きということわざがあるくらいなのだ。

 ただ、生まれた時からこの報酬系が少々違ったはたらき方をする人がいる。報酬系が鈍くて、普通なら活性化されるようなことではされないのだ。誰かの話を黙って聞いたり、テレビを観たり、新聞を読んだりするぐらいではだめで、もっと強烈な体験が必要になる。エンジンをかけるのに普通より多く燃料が要る車のような感じだ。人間の場合、燃料に相当するのが「強烈な体験」ということになる。

 そんな人たちにとって世界は陰鬱で退屈だ。たいがいの人が「ちょっと退屈だな」と思うようなことが「苦痛なほど退屈」になるし、ドイツ語の単語を覚える努力といったようなことが耐えがたい苦行になる。普通なら「面白いから続けた方がいい」と語りかけてくる報酬系が「この先生の話は面白くない。だから他のことを探せ!」「この本もちっとも面白くない。だから探し続けろ!」と命じるのだ。そのため報酬系を活性化してくれるものを大小かまわず探し続けることになる。しかしそんな調子では集中力が続かない。「これは面白い? いいや、面白くない。じゃああれは? いいや、あれもだめ。じゃあもっと探そう!」となるのだから。

 絶え間なく刺激を探し回る人は集中することができず、注意散漫だと思われるし衝動的で多動にもなる。どこかで聞いたような特徴だろうか──そう、ADHDだ。

アンデシュ・ハンセン(Anders Hansen)
1974年スウェーデン生まれ。精神科医。ストックホルム商科大学で経営学修士(MBA)を取得後、ノーベル賞選定で知られる名門カロリンスカ医科大学に入学。現在は王家が名誉院長を務めるストックホルムのソフィアヘメット病院に勤務しながら執筆活動を行い、その傍ら有名テレビ番組でナビゲーターを務めるなど精力的にメディア活動を続ける。『一流の頭脳』は人口1000万人のスウェーデンで60万部が売れ、『スマホ脳』はその後世界的ベストセラーに。『最強脳』『ストレス脳』『メンタル脳』など日本での著作は累計120万部を突破している。

久山葉子(くやま・ようこ)
1975年兵庫県生まれ。翻訳家。エッセイスト。神戸女学院大学文学部英文学科卒。スウェーデン大使館商務部勤務を経て、現在はスウェーデン在住。

新潮社
2025年4月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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1896年(明治29年)創立。『斜陽』(太宰治)や『金閣寺』(三島由紀夫)、『さくらえび』(さくらももこ)、『1Q84』(村上春樹)、近年では『大家さんと僕』(矢部太郎)などのベストセラー作品を刊行している総合出版社。「新潮文庫の100冊」でお馴染みの新潮文庫や新潮新書、新潮クレスト・ブックス、とんぼの本などを刊行しているほか、「週刊新潮」「新潮」「芸術新潮」「nicola」「ニコ☆プチ」「ENGINE」などの雑誌も手掛けている。

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