「ことばだけで『わかったつもり』になるのは『バカの壁』を作ること」 養老孟司さんが体験の大切さを指摘する

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養老孟司さん

養老さんはなぜ戦争を積極的に語らなかったのか

 4月24日の「ニュースウオッチ9」(NHK)は「戦後80年」をテーマにしたコーナーで、『バカの壁』の著者として知られる解剖学者の養老孟司さんのインタビューを放送した。養老さんは1937年生まれ。子どもながらに戦争を体験したはずだが、あまりそれを積極的に語ってこなかったのはなぜか、とインタビュアーは質問。

 その最大の理由として養老さんは、当時は子どもだったこと、直接いろんな被害を受けたわけではないことを挙げている。

 そして別の理由として、「体験」を言葉で語ることの難しさを挙げ、次の様に説明した。

――自分は「ことば」をあまり信用していない。実体験のほうが重要だと考えているが、その実体験をことばで伝えることはとても難しい。どうやってもことばでは伝えられないものがある。しかし、聞き手にそういう認識や想像力がないと一生懸命に何かを伝えても違ったふうに伝わったりする、さらにまずいのは「わかったつもり」という状況を生んでしまうことだ――。

 この「わかったつもり」に関して、番組内で養老さんは『バカの壁』で取り上げた事例をもとに説明を補い、語っている。460万部以上を売り上げた同書の第1章冒頭で取り上げているのがこの問題なのだ。

 放送されたインタビューではかなり短く編集されており、少しわかりづらくなっていたので、ここで該当の部分を引用してみよう(以下、『バカの壁』より)。

 ***

話せばわかる」は大嘘

「話してもわからない」ということを大学で痛感した例があります。イギリスのBBC放送が制作した、ある夫婦の妊娠から出産までを詳細に追ったドキュメンタリー番組を、北里大学薬学部の学生に見せた時のことです。

 薬学部というのは、女子が6割強と、女子の方が多い。そういう場で、この番組の感想を学生に求めた結果が、非常に面白かった。男子学生と女子学生とで、はっきりと異なる反応が出たのです。

 ビデオを見た女子学生のほとんどは「大変勉強になりました。新しい発見が沢山ありました」という感想でした。一方、それに対して、男子学生は皆一様に「こんなことは既に保健の授業で知っているようなことばかりだ」という答え。同じものを見ても正反対といってもよいくらいの違いが出てきたのです。

 これは一体どういうことなのでしょうか。同じ大学の同じ学部ですから、少なくとも偏差値的な知的レベルに男女差は無い。だとしたら、どこからこの違いが生じるのか。

 その答えは、与えられた情報に対する姿勢の問題だ、ということです。要するに、男というものは、「出産」ということについて実感を持ちたくない。だから同じビデオを見ても、女子のような発見が出来なかった、むしろ積極的に発見をしようとしなかったということです。

 つまり、自分が知りたくないことについては自主的に情報を遮断してしまっている。ここに壁が存在しています。これも一種の「バカの壁」です。

 このエピソードは物の見事に人間のわがまま勝手さを示しています。同じビデオを一緒に見ても、男子は「全部知っている」と言い、女子はディティールまで見て「新しい発見をした」と言う。明らかに男子は、あえて細部に目をつぶって「そんなの知ってましたよ」と言っているだけなのです。

 私たちが日頃、安易に「知っている」ということの実態は、実はそんな程度なのだということです。ビデオを見た際の男女の反応の差というのはかっこうの例でしょう。

Book Bang編集部
2025年5月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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