「ケーキの切れない非行少年たち」とは? 犯罪者となった少年に共通する“認知機能の弱さ”を児童精神科医が解説 衝撃のベストセラー『ケーキの切れない非行少年たち』試し読み

試し読み

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 2019年、日本に衝撃を与えたベストセラーがある。『ケーキの切れない非行少年たち』(新潮新書)だ。

 児童精神科医の著者・宮口幸治氏は、強盗・強姦・殺人事件などの凶悪犯罪を起こして少年院に入所した少年たちに、驚くべき共通点があることを見つけた。

 彼らは、“ケーキを3等分してください”といった簡単な課題も解けなかったのである。

 犯罪者となってしまった少年たちの根底にある問題とは? また、そんな彼らにどんなアプローチをすれば、新たな被害を生まずに済むのか。宮口氏が医師として少年たちに向き合った記録であり、貴重な提言も含まれる同書より、第2章「『僕はやさしい人間です』と答える殺人少年」の一部を抜粋して公開します。

ケーキを切れない非行少年たち

 私は少年院で勤務するまでは公立精神科病院に児童精神科医として勤務してきました。色々と思い悩んだ末に、いったん医療現場から離れ医療少年院に赴任したのですが、そこでは驚くことにいくつも遭遇しました。その一つが、凶悪犯罪に手を染めていた非行少年たちが“ケーキを切れない”ことだったのです。

 ある粗暴な言動が目立つ少年の面接をしたときでした。私は彼との間にある机の上にA4サイズの紙を置き、丸い円を描いて、「ここに丸いケーキがあります。3人で食べるとしたらどうやって切りますか? 皆が平等になるように切ってください」という問題を出してみました。

 すると、その粗暴な少年はまずケーキを縦に半分に切って、その後「う~ん」と悩みながら固まってしまったのです。失敗したのかなと思い「ではもう1回」と言って私は再度紙に丸い円を描きました。すると、またその少年は縦に切って、その後、悩み続けたのです。

 私は驚きました。どうしてこんな簡単な問題ができないのか、どうしてベンツのマークのように簡単に3等分できないのか。その後も何度か繰り返したのですが、彼は図1のように半分だけ横に切ったり、4等分にしたりして「あー」と困ったようなため息をもらしてしまいました。他の少年では図2のような切り方をしました。

 そこで、「では5人で食べるときは?」と訊ねると彼は素早く丸いケーキに4本の縦の線を入れ、今度は分かったといって得意そうに図3のように切ったのです。

 5個に分けてはいますが5等分にはなっていません。私が「みんな同じ大きさに切ってください」と言うと、再度彼は悩んだ挙句諦めたように図4のような切り方をしたのでした。

 これらのような切り方は小学校低学年の子どもたちや知的障害をもった子どもの中にも時々みられますので、この図自体は問題ではないのです。問題なのは、このような切り方をしているのが強盗、強姦、殺人事件など凶悪犯罪を起こしている中学生・高校生の年齢の非行少年たちだ、ということです。彼らに、非行の反省や被害者の気持ちを考えさせるような従来の矯正教育を行っても、殆ど右から左へと抜けていくのも容易に想像できます。犯罪への反省以前の問題なのです。またこういったケーキの切り方しか出来ない少年たちが、これまでどれだけ多くの挫折を経験してきたことか、そしてこの社会がどれだけ生きにくかったことかも分かるのです。

 しかし、さらに問題と私が感じたのは、そういった彼らに対して、“学校ではその生きにくさが気づかれず特別な配慮がなされてこなかったこと”、そして不適応を起こし非行化し、最後に行きついた少年院においても理解されず、“非行に対してひたすら「反省」を強いられていたこと”でした。

宮口幸治
立命館大学教授・児童精神科医。一般社団法人・日本COG-TR学会代表理事。京都大学工学部卒業、建設コンサルタント会社勤務の後、神戸大学医学部医学科卒業。児童精神科医として精神科病院や医療少年院に勤務。2016年より現職。医学博士、臨床心理士。困っている子どもたちの支援を教育・医療・心理・福祉の観点で行う「日本COG-TR学会」を主宰し、全国で教員等向けに研修を行っている。主な著書に『ケーキの切れない非行少年たち』『どうしても頑張れない人たち』『ドキュメント小説 ケーキの切れない非行少年たちのカルテ』『歪んだ幸せを求める人たち ケーキの切れない非行少年たち3』(いずれも新潮社)、『境界知能とグレーゾーンの子どもたち』(扶桑社)、『医者が考案したコグトレパズル』(SBクリエイティブ)など計80冊。

Book Bang編集部
2025年5月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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