ある日突然、ティラノサウルスが現れた。しかも、目の前に。
なんで? どうして? 私、何かしたっけ?
――そんなことを考える間もなく、女子高生の「私」は、恐竜と向き合う羽目に。
逃げ道は? 助けは? ……っていうか、これは夢? いや現実!?
混乱と恐怖が渦巻く中、始まってしまったのは、まさかの“恐竜との青春”。
『恐竜さん、こんにちは』は、日常から一瞬で非常識へと引きずり込まれた女子高生が、ティラノサウルスとの予測不能な日々を通して、何かを見つけていく、不条理で、でもどこか切ない青春小説です。
本作は、デジタル時代における小説表現の可能性を探る「デジタルノベルコンテスト」(主催:株式会社コルク)で受賞し、電子書籍化された6作品のひとつ。
今回は、その冒頭部分を特別に公開します。
***
昼寝から目覚めたら目の前に恐竜がいた。恐竜に対してそこまで精通しているわけではないが、幼少の頃、食い入るように恐竜図鑑を眺めていた私は、目の前にいる有名な恐竜の名称ぐらいは知っていた。ティラノサウルス。肉食で獰猛な恐竜だ。
そこそこ天井が高く、床面積も広いことが災いしたのか、ティラノサウルスの巨体がしっかりと部屋の中に収まってしまっている。私は今ほど家庭の裕福さを呪ったことはない。貧乏な六畳一間のアパートだったなら、この巨体が部屋の中に収まることはなく、私は命の危機に瀕することもなかっただろう。
そもそも何故、遥か昔に絶滅したはずの恐竜が目の前にいるのだろう、と疑問が湧かなくもなかったが、今それを考えたところで無益にも程があるので、私は今この状況から助かる術を模索していた。
時間にして数秒と思われる。もしかしたら一秒にも満たないかもしれない。ただ、それでもたった十七年で短い生涯を終えるのはあまりにも惜しいので、私はできうる限り、自分の脳を稼働させた。
武器を持って戦う。駄目だ。部屋には武器と呼べる物は、カッターナイフと中学の修学旅行で若気の至りで購入した木刀ぐらいしかない。見るからに硬質なティラノサウルスの皮膚には、到底ダメージを与えられないだろう。
猫騙しをして一瞬の隙を付いて部屋から逃げる。これはありかもしれない。逃げるが勝ちという言葉があるように、闘って勝てる見込みがない相手からは逃げるに限る。ただ、猫騙しというチャチな戦法が、長らく地球で覇権を築いていた恐竜に通用するのだろうか?
これは夢だと思い込んで二度寝する。これも案外ありかもしれない。普通に考えたら、現代にいきなり恐竜が現れるなんて非現実的だし、仮に現実だったとしても、一思いに丸呑みされた方が苦痛も少ないかもしれない。
叫び声を上げる。これは無意味だ。この時間帯に家に自分しかいないことは把握済みだ。そもそも誰かいたところで、駆けつけた家族が自分と一緒に犠牲になるだけだ。被害を拡大させることを私は望んでいない。
恐竜を手懐ける。無理だ。できるわけがない。犬や猫でさえ手懐けることのできない私に、恐竜は難易度が高すぎる。仮に手懐けることができたとして、甘咬みでもされようものならそれはそれで致命傷である。
名案が何も浮かばなかった私は、自分のセールスポイントの模索を始めた。恐竜にさえ通用する武器が自分にはないか? この文明が発展した現代に生きているということは、古代で息絶えた恐竜よりも遥かに有利なはずだ。この有利な状況と携えた知恵を使って、体躯の不利さを覆し生き長らえることはできないだろうか? 少々の負傷は厭わない。この状況を無傷で乗り切ろうなんて烏滸がましいことは考えてすらいない。
しかしながら、便利な世の中にかまけて自身の牙を磨こうともしてこなかった私は、他人と比べてこれといった武器を携えていない。学校で隣の席の早紀ちゃんは、英検準一級を持っていて、外国人英語教師と英語で簡単な日常会話を交わしているというのに、私は中学校で習う英文法さえ怪しい。こんなことなら、私も何かを必死で頑張れば良かったと後悔の念に駆られるが、ただその反面、英検準一級の英語力もこの状況下においては全くの無力である。
それならば体を鍛えれば良かったか? 隣のクラスに空手で全国大会優勝した男子がいる。坊主頭で精悍な顔立ちをしていて、性格も良いと評判だ。精神力も並大抵のものではなく、毎年冬に滝行を行っているらしい。いや、やはり無意味だ。ティラノサウルスにとって、空手で全国大会優勝した男子も一般女子高生の私も誤差の範囲内だろう。彼のゴツゴツとした拳から放たれる正拳突きも私の見様見真似の猫パンチも何も変わらない。ダメージがゼロには変わりないのだから。
私が何もできずにただ頭の中で葛藤していると、目の前のティラノサウルスが口を大きく開けた。ティラノサウルスの咬む力は、六トンにも及ぶと言われている。咬まれたら当然ひとたまりもない。磨きもしていないのに研ぎ澄まされた牙を持つ恐竜に対して、私は嫉妬に似た感情を覚える。せめてこの牙に咬まれることなく、そのまま丸飲みしてください、と私は願う。同じ死という概念でも、体の皮膚や骨を砕かれるのと消化液で溶かされるのでは幾分後者の方がマシだと思えるからだ。
私のすぐ眼前にまで死という概念が迫った時に、一つの光明が差した。自分のセールスポイントが見つかったのだ。見つかったというよりも再認識したという方が正確ではあるが、そんじょそこらの他人には負けない自分の強みを、ギリギリの状況下で絞り出すことができた。
私は可愛い。胸も大きい。体の発育がやや早く、小学六年生時点でDカップあった。そこから五年の歳月が流れたが順調に成長を続け、現在はGカップある。そんな体の発育スピードに反して顔立ちの成長は遅く、高校二年生になった現在も、他人から中学生と間違われるほどに幼い顔立ちをしている。
私が導き出した答えはこれだ。恐竜を誘惑する。馬鹿げたことを言っているかもしれない。そもそも人間と恐竜では種族が違う。ただ、人間は犬や猫といった別の種族の可愛さに魅了され、共存してきた。家族と称して名前を付け、一緒に暮らしていたりする。犬や猫もまた、そんな飼い主の愛情に応え、時には自ら愛情表現をしてくれたりする。そこには異種族間の愛情が確かに存在している。
私としても、自分の一番の武器で勝負して駄目だったのなら諦めもつく。他の方法で無念の死を遂げたらきっと悔いが残る。私はおもむろに着古したブラウスのボタンに手を掛ける。上から順に一つ一つ外していくと、恐竜は口を開けたままの状態で静止する。徐々に露わになる二つの球体に、自分自身興奮が抑えられなくなる。恐竜はそんな私の様子を、ただジッと見つめている。
「恐竜さん、私どう?」
二つの球体が完全に露わになった状態で、私は恐竜に微笑みかける。私の魅力は人間を除けば、従姉妹の飼っているミニチュアダックスには通用した。私の脚にしがみつきながら必死に腰を振っていた姿は、今でも鮮明に覚えている。
私はふと冷静になる。あれっ? この恐竜ってそう言えば雄? 雌? もし雌だったならば、種族も性別も超えて魅了しなければならなくなる。恐竜の雌雄の見極め方など、私は知らない。
恐竜が私の左の球体を、ざらついた巨大な舌で一舐めした。快感よりも衝撃の方が大きく、体が浮き上がりそうになった。ただ、そんな恐竜の行動により、私は目の前のティラノサウルスが雄であると確信した。女性の乳房に興味を示し、性的な行動に移したこと。人間の男と何も違わない。私は二分の一の勝負に勝てた幸運に感謝した。このまま誘惑を続けて手懐けることができれば、私はこの状況から生きて抜け出すことができるだろう。
「よしよし。恐竜さん可愛いね」
私が微笑みながら言うと、恐竜は私の乳房を堪能するように舐め回した。何故だか右の乳房よりも左の乳房を気に入ったようで、左側を重点的に舐められた。まだ垂れ下がっていない張りのある乳房ではあったが、左右非対称になってしまうのではないかという勢いで下から何度も突き上げられた。
何度か繰り返されている内に、私は恐竜に対する恐怖心が薄れていった。必死に乳房を舐め回す様が、大きな赤ちゃんを見ているようで、母性本能をくすぐられたのかもしれない。巨大な舌が乳房の位置から徐々に下へと下がっていった。私はその場所を舐められる覚悟をしていなかったので、一瞬身構えてしまった。
私の警戒心が伝わってしまったのか、恐竜は一瞬動きを止めた。私はしまった、と思った。ふと恐竜と目を合わせる。ほんの刹那の沈黙だったと思う。恐竜の舌が私の股間へと到達すると、私は覚悟を決めた。この場所を誰かから弄ばれた経験がなかったので、自分がどうなってしまうのか皆目見当もつかなかったが、初体験の相手が恐竜というのも何となく腑に落ちなかった。
乳房と同じように股間も舐め回される。私がそう覚悟した瞬間、今までとは比べものにならない力で、私は上空へと持ち上げられた。五十キログラムにも満たない私の小さな体は、恐竜の舌の力だけで持ち上げるのに何の障害もなかったようだ。
恐竜が情けをかけてくれたのか、私の体は牙の部分を通過して、そのまま丸飲みされた。粘り気のある液体が体中に付着して不快感はあったが、痛みは感じなかった。そのまま食道と思われる場所を通過したかと思うと、私は広い部屋に到達し、その場所で軽く尻もちをついた。
何となくこの場所が、恐竜の胃袋であるということは理解していた。聞き馴染みのないジュワジュワという音が、辺りに響き渡っている。私がその場でしばらく呆然としていると、ふと自分を呼ぶ声が聞こえた。
(以上は本編の一部です。詳細・続きは書籍にて)
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