その作家、見た目も中身も、規格外。だけど目が離せない。
見た目も言動も、そして書く作品までもがブッ飛んでいる“変人作家”・井原トア。
そんな彼の担当編集を務める「私」は、今日も振り回されっぱなし。
けれどなぜか、目が離せない――。
ある日、井原トアに届いたのは、とある中学校からの“講演依頼”。
教育現場に、あの変人を送り込んで大丈夫なのか!?
案の定、静かに終わるはずもなく、事態は思わぬ方向へと転がっていく。
『変人作家の担当』は、ヤバい作家と振り回される編集者による、痛快で予測不能な“バディ”ストーリー。
本作は、デジタル時代の小説表現の可能性を探る「デジタルノベルコンテスト」(主催:株式会社コルク)で受賞し、電子書籍として刊行された6作品のひとつです。
今回は、その冒頭部分を特別に公開します。
***
・【井原トア】
たいして期待された作家ではなかった。
漫画原作コンテストで佳作という末席の賞を獲った井原トアは若くもなく、地方在住だったこともあり、担当になっていいという希望者がいなかった。
井原トアを最終選考まで上げた編集者も「地方在住ということを見落としていた。だから俺はまあいいかなぁ」と言って避けた。
結局、この漫画編集部で一番若い私に押し付けられる形で担当が決まった。
同じ女性同士でいいだろう、みたいな訳の分からないことを言われた上での決定だった。
その後、コロナ禍もあり、リモートで打ち合わせをしていくことになったわけだけども、井原トアはなんてことない。
ただの変人だった。
見れば変人、喋れば変人、漫画原作も変人そのものだった。
ショートカットと言えば爽やかだが、その実態はボサボサ頭の苦学生のよう。
メイクには興味が無いみたいで、口紅はどうやら持っていないらしい。
声は低めで、落ち着いていて、目が据わった状態でヤバイこと言うイメージ。
一人称も俺でぶっきらぼう。攻撃的な性格が滲み出ていた。
送られてくる漫画原作も少年誌には相応しくないような、尖った作風だった。
でもまあうちの漫画雑誌は漫画アプリもあったので、とりあえず漫画アプリで読み切りでも載せるかという話になった。
井原トアは若くもなく、地方在住だったけども、やる気は凄まじく、週に1本のペースで45ページほどの漫画原作を文章ながら作っていたので、読み切りの原作は選びたい放題で、すぐに決まった。
作画も若手にやらせて、それで様子見だと思っていた。
多分そんなバズることなく、そこそこの評価で、でもまあ一部の人間には刺さって、といった感じに予想していた。
しかし井原トアは簡単に言えば、持っていた。
若手の作画がキャリアハイと言えるくらいに、神作画を出してきて、その絵に惚れ込んだ有名な芸能人がSNS上でその作品を紹介し、その結果クソバズりした。
さらには作画だけではなくて、原作の、ストーリーのほうもなかなか良いと言う人がたくさん出てきて、井原トアの評価もグンと上がった。
私としては、全部作画のおかげじゃんくらいに思っていたけども、バカな編集部はすぐさま井原トアを上京させて連載させようという話になったのだが、当の井原トアは
「えっ? 他社の作家は普通に地方在住でやってるんですけども。この会社、それ無理なんですか?」
と私とのリモート打ち合わせ中に言ってきやがったのだ。
その時に私は改めてなかなか面白いヤツだな、と思った。
私は井原トアの話を聞き入れ、毎週読み切りを連載する作家としてデビューさせた。
作画は毎回変わり、ほとんど全て新人に描かせるので、会社としては負担も少なくて済む。
井原トアは新人が描くことに対して、
「俺が若い子の大切な”はじめて”を奪うわけね、最高に気持ち良いじゃん。俺が育てたって言おうっと」
と言って笑っていた。
普通実力のある作家に描いてもらいたいと思うのに、井原トアはズレていた。そこも私は好きだと思った。
そんなある日、私へ井原トアに対してのとある打診が届いた。
漫画の話なら、うちの井原トアだぞと思って断ろうと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
打診の内容は井原トアの地元にある県の中学校からで、井原トアに授業の一環として是非講演をやってくれという話だった。
井原トアの人間性はよく知っている。カスだ。
それも独自の理論を持ったカスで、クセが凄すぎだ。
そんなヤツの講演はまともな講演にならないだろうな、と思って、内心滾った。
カスの講演見たすぎる。
もし井原トアが講演するのならば、是非私はビデオカメラを回して、その光景を収めたい。
そんなことを考えていると、私に連絡してきた中学校の先生がこう言った。
「井原トア先生と直接交渉をしたいので、連絡先を教えてほしい」
私は何か起きろ、いや起きれと思いながら、連絡先を教えた後日、井原トアから電話が掛かってきた。
「おい! 林! 変なヤツに連絡先教えたな! おいぃぃい!」
相変わらず腐女子みたいな”おいぃぃい”を言うなぁ、と思いつつ、私は経緯の返答をすると、
「あのカス教師! マジでカスだぞ! 話聞かないぞ! どういうことだよ!」
井原トアは早速カスを連発してきて、おやおや(笑)と思った。
まあ正直私もあの中学校の先生は押しが強くて、ヤバイヤツだなと思っていたけども。
初対面で直接交渉したいとか言うヤツにまともなヤツはいないから。
でも途中の会話で謝礼も払うと言っていたし、その額も結構なもんだったから、お金が好きな井原トアは二つ返事でOKをする未来もあっただろうにな、と思っていると、井原トアが、
「何か自宅に行って交渉したいとか言ってるぞ! あのカス! 積極的なストーカーじゃないよなぁ!」
と言ったところで、確かにその可能性もあるな、と思ったので、井原トアの電話を一旦切って、きちんと中学校を調べ、私からもう一度連絡を入れてみることにした。
するとやっぱりちゃんと、本当の中学校みたいで「生徒たちは皆、井原トア先生のファンで学級文庫に読み切り集が全巻揃っています!」とか言っていたので、まあ相当な熱意だった。
ただ井原トアのファンばかりの学校って大丈夫なのか? と思ったけども、まあ一応井原トアの作品は尖りをそのままに伝える部分は一般向けにもなってきているし、そういうこともあるのか、と思った。
それから井原トアとも中学校の先生とも何ラリーかして、ついに井原トアが中学校へ行くという話になった。
ただそのラリー中、思ったことが1つあって、それはこの交渉してきた先生はあんまり井原トアのことを知らないんじゃないかなということだった。
私は人間観察が好きで、まあ今はカス(井原トア)一筋なんだけども、それなりに蓄積したデータがあるので、話しぶりで大体何だか分かる。
あくまで私が思うには、この交渉してきた先生は『一部の生徒から支持されている井原トアという人』と『地元の県出身の有名人』としか認識していないのでは、と思った。
でもまあそこそこの額のギャラももらえるわけだから、ウィンウィンかなと思った。
私はこの日に合わせて、中古屋でビデオカメラを買ってきた。
スマホで撮るという方法もあったけども、井原トアのカスぶりはちゃんとしたビデオカメラで収めたいと思って、中古ながらも高めのビデオカメラを買って井原トアの住む新潟県へ意気揚々と向かった。
・【中学校】
まず井原トアと駅で落ち合って、私の運転する車でその中学校へ向かった。
話によると、母校ではないらしい。
井原トアは後部座席に座って、
「母校だったら爆弾仕掛けて帰るわ!」
と言っているので、まあ爆弾を持ってそうに無いので、母校ではない、と。
井原トアは文章で漫画原作を書くので、自分としては文章が得意という自負を持っていて、
「書面で質問に答える方法を言っていたんだけども、直接話してほしいとかしか言わないで。何か真心とか言っていて、怖かったわぁ。真心に洗脳されてるカスだった、あのカス教師」
みたいなことを言って、私はつい吹き出してしまった。
それに対して井原トアは、
「何笑ってんだよ、もっと大きく笑えよ。せっかく喋ってんのにややウケじゃ胸糞だろ」
「笑われている可能性もあるんですけども」
「どっちも一緒だろ、笑いって滑稽なモノだから。まあ俺が真剣な時に笑われたらムカつくけども、今はもう別に何でもいいから。日常は滑稽であれ、だから」
「誰の言葉ですか?」
「俺に決まってるだろ、カッコイイ言葉だからパクっていいぞ。パクられるって認められている証拠だから」
まあそんな会話をしていると、中学校に着いて、すぐさま職員室に通された私と井原トア。
井原トアは
「最近の職員室ってタバコの匂いしないんだな」
と声に出して喋っていて、本当にカスだなと思った。
まあ井原トアに社会性を私は求めていない。
社会性担当はこの担当である私だ。
私が矢面に立って喋っていると、
「それではそろそろ」
と言って私と井原トアを引き連れて担当の先生が歩き出した。
(以上は本編の一部です。詳細・続きは書籍にて)
株式会社コルクのご案内
株式会社コルクは漫画家・小説家・エンジニアなどクリエイターのエージェンシーです。
関連ニュース
-
ブラウスのボタンを上から順に…突然現れたティラノサウルスと女子高生のシュールな青春小説 『恐竜さん、こんにちは』試し読み
[試し読み](日本の小説・詩集)
2025/06/04 -
無責任な発言が行き交うSNSにうんざりする青年を主人公に、現代の問題を鮮やかに切り取った小説 『水切り』試し読み
[試し読み](日本の小説・詩集)
2025/06/03 -
「好きになったのは、“言葉”と一緒に歩く人」現役の高校生が描いた青春ラブストーリー 『学くんは歩く辞書だ』試し読み
[試し読み](日本の小説・詩集)
2025/06/02 -
猛禽類のようなポーズから軽やかなステップで近づいてきた変な男・カルタくんの謎すぎる求愛行動を描く 『ググってカルタ君』試し読み
[試し読み](日本の小説・詩集)
2025/05/30 -
少し背伸びをしながら「お姉さん」になろうとする少女と「僕」のハートフルストーリー 『おませさん』試し読み
[試し読み](日本の小説・詩集)
2025/06/06