周囲に疎まれる“裏切り者”刑事が追う未解決事件の真相とは……　堂場瞬一『刑事の枷』試し読み

周囲から疎まれる組織の“裏切り者”刑事。彼が追う未解決事件の真相とは。

「忠告だ。影山には近づくな」

川崎中央署の若手刑事・村上翼は、管内で起きた人質事件をきっかけに傍若無人なベテラン刑事・影山康平に目をつけられ、強引に連れ回されるようになる。

署内の誰もが“裏切り者”と敬遠する影山が、実は10年前に起きた未解決の殺人事件を独自に捜査し続けていると知り、村上も事件解明へと乗り出すが、その矢先、新たな殺人事件が発生。

被害者の身元もわからず捜査は難航するかと思われたが、村上は２つの事件のつながりに気づき……。

堂場瞬一が放つ圧巻の王道警察小説！『刑事の枷』の第一章「孤立した男」をたっぷりお届けします。

第一章　孤立した男

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「村上（むらかみ）、行くな！」

　鋭く怒鳴られ、村上翼（つばさ）は思わず足を止めた。ダッシュした勢いで急停止したので転びそうになり、急いで姿勢を立て直す。後ろから肩を叩かれて振り返ると、先輩刑事の室谷（むろたに）が険しい表情を浮かべていた。

「このままじゃまずいですよ」村上は反論した。

「分かってる。だけど、奴を焦らせるとろくなことにならない」

　まさかこんな場所で、と村上は息を呑んだ。鼓動は激しく、吐きそうなくらい緊張しているのを自覚する。子どもの泣き声が耳に突き刺さると、緊張感はさらに高まった。

　村上が勤務する川崎中央署からもほど近い、区立の公園。第一京浜沿いで、向かいは川崎区役所という街の中心部だ。「ホームレスがたむろしている」という通報が時々あり、村上も交番勤務時代に何度か駆けつけたことがある。今回も同じような通報だったのだが、事態は村上が予想していたのとまったく違う方向に進んでしまった。

　最初は交番勤務の制服組が出動したのだが、制服警官を見たホームレスが、何を考えたのか突然、公園にいた親子連れを襲い、子どもを人質に公園のトイレに立て籠もってしまったのだ。その連絡を受けて村上たちが到着した時には、犯人はトイレの前にいて、五歳ぐらいの女の子の首に左腕を回し、右手に持った刃物を頭に突きつけていた。意味不明の言葉でわめき散らしている。

　警察の態勢はまだ整っていない。最初に駆けつけた制服警官二人は、五メートルほどの距離を置いてホームレスと対峙している。村上たちはその後ろ。続々と応援の警官が到着しているが、今のところ手は出せない。顔を蒼くした子どもが泣きわめくと、近くにいた母親が呼応するように叫び声を上げる。少し遅れて到着した女性刑事の浅野裕香（あさのゆうか）がすかさず母親につき添ったが、パニックは抑えられない。

「どうするんですか」村上は思わず室谷に訊ねた。

「時間をかけるしかない。焦って手を出すと、向こうは何をするか分からないからな」室谷が低い声で言った。「時間をかければ、向こうも落ち着く」

「でも、刃物を持ってるんですよ」

　二人が話している間にも、制服警官たちが「壁」を作り始めた。四人……六人……半円形に散開し、ホームレスと対峙する。誰の指示でもなく、本能的な動きのようだった。

「翼君」

　後ろから呼びかけられ、村上は振り向いた。

「山田（やまだ）さん」

　この公園でよく見かけるホームレスの一人で、村上は制服時代に何度か話したことがあった。「ここでたむろしないで下さい」と指示すると、いつも素直に従う男で、しかも妙に話し好きだった。一度じっくり話したことがあるのだが──二月の寒い夜だった──元々普通に会社員をしていたのに、酒で失敗して職を失い、家族とも別れ、六十歳ぐらいから路上暮らしを始めたのだという。ホームレスにしては清潔感があり、しかも話が面白い。聞けば大学出で、元々の仕事はプログラマー……インターネット草創期に苦労した話には、何度も大笑いさせられたものだった。

「奴は、相当ヤバイぞ」山田が低い声で言った。