【怖】「いるだけで病気になる」という噂が立つビルの建設現場を確かめに行くと……深淵から怪異が迫る! 冲方丁『骨灰』試し読み

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第169回直木賞候補作! 進化し続ける異才が放つ新時代のホラー。

大手デベロッパーのIR部に勤務する松永光弘は、自社の高層ビル建設現場の地下へ調査に向かっていた。目的は、その現場についての『火が出た』『いるだけで病気になる』『人骨が出た』というツイートの真偽を確かめること。異常なまでの乾燥と、嫌な臭気を感じながら調査を進めると、図面に記されていない、巨大な穴のある謎の祭祀場にたどり着く――。

地下に眠る怪異が、日常を侵食し始める。恐怖の底に誘う衝撃のホラー巨編『骨灰』(冲方丁・著)より、第1章「解放 二〇一五年」を公開します!

 

第1章 解放 二〇一五年

1
 
──異様な階段だ。

 松永光弘は、だいぶ下りたところで後悔に襲われ、足を止めた。

 地下深くへ向かう階段だった。十段か十一段ずつの階段が延々と折り返され、もうそろそろ終わるのではないかと期待するたび、踊り場と次の階段が現れる。

 どこもかしこも剥き出しのコンクリートであることは建設現場では普通だが、奇妙なことに照明一つない。光弘は軍手をはめた手で、ヘルメットのヘッドライトがなるべく下を向くよう調整した。灯りはそれだけしかなく、足下を照らすため、うつむくように階段を下りてきたせいで首が強ばっている。

──この階段は、いったいいつまで続くんだ?

 手で首の後ろを揉んでほぐしながら、光弘は引き返したくてたまらなくなっていることを自覚した。下りれば下りるほど、あとで苦労してのぼることになるという苛立ちに加え、地下深くにいるという閉所恐怖がじわじわと胸に広がるようだった。真っ暗闇に閉じ込められてしまうのではと不安が込み上げてくる。何より、

──なんでこんなに乾燥するんだ?

 じめじめしているはずの地下にあるまじき、目も喉も痛むほど乾いた空気に、うんざりさせられた。一刻も早く地上に戻り、清涼な空気を味わいたかった。せめてこの、

──骨を焼くような臭い。

 理屈抜きで不快になる空気から、一分でいいから逃れたかった。

 だがそうするわけにいかず、光弘は上着から携帯電話を出して時間を確認した。朝の七時半を回っている。あと一時間で調査を終わらせ、本社に行って報告せねばならない。

「スピード重視でことに当たれ」

 上司の竹中康志から電話でそう言われたのは、今朝の六時前だ。

 竹中をはじめ光弘が所属するチーム全員が非常事態に対応している今、いったん引き下がって後でまた来る、などと悠長なことをやっている場合ではない。

──さっさと片をつけろ。

 光弘はしいて自分に命じて、暗い穴の底に飛び込むような思いで階段を下りていった。
 

冲方 丁
1977年岐阜県生まれ。1996年『黒い季節』で角川スニーカー大賞金賞を受賞しデビュー。2003年『マルドゥック・スクランブル』で第24回日本SF大賞、2010年『天地明察』で第31回吉川英治文学新人賞、第7回本屋大賞、第4回舟橋聖一文学賞、第7回北東文学賞、2012年『光圀伝』で第3回山田風太郎賞を受賞。主な著書に『十二人の死にたい子どもたち』『戦の国』『剣樹抄』『麒麟児』『アクティベイター』などがある。2023年『骨灰』が第169回直木賞候補にノミネートされた。

KADOKAWA カドブン
2025年7月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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