あたし、いままでどこの家の者でもなかったんですもの―― 大好評アニメ「アン・シャーリー」原作『赤毛のアン』試し読み

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大好評放送中のアニメ「アン・シャーリー」の原作! おしゃべりで想像力旺盛、世界中が愛した少女アンの物語『赤毛のアン』(ルーシー・モード・モンゴメリ著、村岡花子訳)。

孤児院で暮らすアンは、手違いでマシューとマリラという老兄妹に引き取られることに……。ブライト・リバー駅で男の子を引き取るはずだったマシューと、アンが出会う第二章「マシュウ・クスバートの驚き」より、一部を試し読み公開します。

 ***

 年は十一歳ぐらい。着ている黄色がかった灰色のみにくい服は、綿(めん)毛(もう)交(まぜ)織(おり)で、ひどく短くて窮(きゅう)屈(くつ)そうだった。色あせた茶色の水(すい)兵(へい)帽(ぼう)の下からは、きわだって濃い赤毛が、二本の編みさげになって背中にたれていた。

 小さな顔は白く、やせているうえに、そばかすだらけだった。口は大きく、おなじように大きな目は、そのときの気分と光線のぐあいによって、緑色に見えたり灰色に見えたりした。

 ここまでが普通の人の観察であるが、特別目の鋭い人なら、この子のあごがたいへんとがってつき出ており、大きな目にはいきいきした活力があふれ、口もとはやさしく鋭(えい)敏(びん)で、額はゆたかに広いことなど、つまりひと口に言えばすぐれた観察眼をもっている人だったら、マシュウ・クスバートがこっけいなほどびくびくしているこの大人びた家なしの少女の体内には、なみなみならぬ魂(たましい)がやどっている、という結論に達したことであろう。

 しかしマシュウは、自分のほうから口をきるというやっかいなことからすくわれた。マシュウが自分のほうへやってくるのだと見きわめると、女の子はみすぼらしい古ぼけた手さげかばんを片手に持って立ちあがり、もう一方の手を彼にさしだして、

 「あの、『緑の切妻屋根(グリン・ゲイブルス)』のマシュウ・クスバートさんですか」と、きわだって澄んだ美しい声でたずねた。「お目にかかれて、とてもうれしいわ。もう、迎えにきてくださらないのじゃないかと心配になってきたもんで、どんなことが起こったのかしらって、いろいろ想像していたところだったのよ。もし今夜いらしてくださらなかったら、線路をおりて行って、あのまがり角のところの、あの大きな桜(さくら)の木にのぼって、一晩暮らそうかと思ってたんです。あたし、ちっともこわくないし、月の光をあびて一面に白く咲いた桜の花の中で眠るなんて、すてきでしょうからね。小父さんもそう思わない? まるで大理石の広間にいるみたいだと想像できますもの、そうでしょう? それに今夜いらしてくださらなくても、明日の朝はきっと迎えにきてくださると思っていたのよ」

 マシュウはおずおずと日やけした小さなやせた手を握っていたが、即座にどうしたらいいか決心した。こうして目を輝かせているこどもに事のいきちがいがあったとは、どうしても言えない。家へ連れて行ってマリラに、そのことは言わせよう。どんないきちがいにしろ、とにかくこの子をブライト・リバーの駅に放っておくわけにはいかない。だから、問いただしたり説明したりすることはいっさい、『緑の切妻屋根(グリン・ゲイブルス)』へ帰り着くまでのばしたほうがいいだろう。

ルーシー・モード・モンゴメリ Montgomery,Lucy Maud
(1874-1942)カナダ、プリンス・エドワード島生れ。1歳9カ月で母と死別、祖父母に育てられ教師になったが、30歳で書き始めた『赤毛のアン』のシリーズが熱狂的な人気を呼んだ。美しい島の自然を背景に、アン・シリーズのほか、より自伝的なエミリーのシリーズなどの小説、詩集、日記を残し、国内外で多数の読者の心を捉えた。

村岡花子
(1893-1968)山梨県生れ。東洋英和女学院高等科卒。モンゴメリの作品のほか、『王子と乞食』(M・トゥェイン)『母の肖像』(P・バック)『少女パレアナ』(E・ポーター)などの翻訳が高く評価されている。子どもニュース番組の「ラジオのおばさん」としても親しまれた。

新潮社
2025年7月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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1896年(明治29年)創立。『斜陽』(太宰治)や『金閣寺』(三島由紀夫)、『さくらえび』(さくらももこ)、『1Q84』(村上春樹)、近年では『大家さんと僕』(矢部太郎)などのベストセラー作品を刊行している総合出版社。「新潮文庫の100冊」でお馴染みの新潮文庫や新潮新書、新潮クレスト・ブックス、とんぼの本などを刊行しているほか、「週刊新潮」「新潮」「芸術新潮」「nicola」「ニコ☆プチ」「ENGINE」などの雑誌も手掛けている。

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