第二次世界大戦で多くの種が失われた貴重なアサガオとは? 植物学者が紹介する「変化朝顔」の世界

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夏休みの定番の宿題といえば「アサガオの観察日記」。

つるの伸び方や葉の様子、つぼみの数や花色について…等々、じっくりと丁寧に観察し、絵と文章で記録する。小学校低学年の子どもがいる家庭なら、学校から持ち帰ってきたアサガオの鉢の水やりに朝晩奮闘する日々だろう…。

さて、この身近で親しみのあるアサガオには「変化朝顔」というのがある。一見アサガオとは認識できない変わった見た目だ。

江戸時代に大ブームとなり、富裕層が競って栽培し、観賞の真骨頂とされていた。選抜を繰り返して生み出された花姿は多種多様である。

じつはこの変化朝顔、令和の時代に愛でられるのはとても貴重なのだ。

その変化朝顔の世界をNHKラジオ「子ども科学電話相談」の回答者としておなじみの植物学者・塚谷裕一(つかや・ひろかず)氏が紹介している。

変化朝顔の歴史に秘められた知られざるエピソードを塚谷氏の著書『根も葉もある植物のはなし その多様なすがた・かたちについて』(山と溪谷社)から、一部抜粋・編集してお届けする。

禁止令が出るほどの変化朝顔ブームに


変化朝顔のひとつ、采咲牡丹(さいざきぼたん) (c)塚谷裕一

写真はおなじみの夏の花、アサガオである。

いや、何かの間違いだろうと思われるかもしれない。

正確にいうと、変化朝顔。葉と花の形が風変わりというか、奇妙な形になった突然変異体のアサガオである。

じつは江戸時代にアサガオといえば、この変化咲きこそがアサガオ観賞の真骨頂だった。

あのシンプルな形の花が、どうしたらここまで不思議な形に変形できるのかと、一度でも目にしたら強烈な印象を覚えるに違いない。

江戸時代は爛熟した文化といわれるように、それでなくても見た目の風変わりなものに大きな価値観をおいた時代。変化朝顔については、大名家など富裕層の間であまりに流行した結果、時として禁止令が出たほどのブームが、江戸期、明治、大正と何度も繰り広げられてきたのである。

遺伝学の知識とすごい栽培計画


風鈴牡丹(ふうりんぼたん) (c)塚谷裕一

これら変化咲きをもたらす突然変異体の多くは、その表現型を示す個体が種子をつけないため、その系統の維持には遺伝学の知識が必要となる。

江戸期に大名家が競ってこれを栽培した背景には、それがおそらく他に漏らしてはならぬ秘伝として各家で扱われていたこともあったのだろう。当時はまだ、世界的にもメンデルの遺伝の法則は発見されていなかったからだ。

そのメンデルの法則を明確に知らぬままこれらの変化朝顔を毎年咲かせようとすれば、ほぼ正常に見える兄弟を一通り育て、その中から、次世代に目的の変わった形を示す子を生む株を見抜き選抜するという操作が、毎年必要となる。

そのためには広い圃場も必要であるし、長期にわたる栽培計画が立てられるような、余裕のある暮らしが欠かせない。

生き延びられたのは種子の寿命が長かったから


車咲(くるまざき) (c)塚谷裕一

拙著『漱石の白百合、三島の松』(中公文庫)で紹介したように、漱石の『行人』にもこの変化朝顔が登場する。それも生活にゆとりのある趣味人の暮らしを象徴する場面である。

その後、昭和初期にもブームはあったのだが、やがて第二次世界大戦が始まった結果、その間に多くの系統が失われた。

幸いアサガオは種子の寿命が長いため、種子の状態で戦後の混乱を生き延びた系統も各地に残っており、一時は国立遺伝学研究所でそうした系統の収集と維持がなされてきた。

現在は、九州大学の仁田坂研究室が全国の系統群を一元収集・維持している。

貴重な遺伝資源は科学研究の材料に

その後、平和な時代が続いたため、近ごろは各地の朝顔展にもこのような変化咲きの出展例が復活してきているようだ。

ただし変化咲きは維持が大変な上、大輪咲きが流行り出すより前の世代の系統群なので花が小ぶり。また成長が遅くて、花が咲くまでに普通の系統より日数がかかり、やや遅咲きだ。そのため、一般の朝顔市などでは見かける機会がまだ少ない。

一方、日本ではこの貴重な遺伝資源を、日本独自の研究材料として利活用しようと、以前からナショナルバイオリソースプロジェクト計画により、科学的研究材料としての整備・転換が進められてきた。

これまでにいくつかの変化咲き朝顔の原因遺伝子が特定されてきたほか、アサガオの全ゲノムDNAも解読が終了した。アサガオはサツマイモなどの有用作物にも近縁の種類だけに、このゲノムの解読は、単にアサガオそのものの理解だけでなく、いろいろな面に広く応用されていくことだろう。江戸時代の遺産の活かされる時が来たのである。

塚谷裕一(つかや・ひろかず)
1964年神奈川県生まれ。東京大学理学部卒。同大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。岡崎国立共同研究機構・基礎生物学研究所;統合バイオサイエンスセンター助教授を経て、現在、東京大学大学院教授。専門は植物学で、葉の発生を司る遺伝子経路の解明を主テーマとしつつ、東南アジア熱帯雨林でのフィールド活動など、さまざまな角度から植物の〈生〉を研究している。植物探索と撮影、読書、エッセイ書きが趣味。2021年、紫綬褒章受賞。2023年、南方熊楠賞を受賞。NHKラジオ「子ども科学電話相談」回答者。著書に『カラー版スキマの植物図鑑』『カラー版スキマの植物の世界』『カラー版ドリアン―果物の王』『植物の〈見かけ〉はどう決まる』(いずれも中公新書)、『漱石の白百合、三島の松』(中公文庫)、『森を食べる植物―腐生植物の知られざる世界』(岩波書店)ほか多数。

塚谷裕一(植物学者)

山と溪谷社
2025年8月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

山と溪谷社

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1930年創業。月刊誌『山と溪谷』を中心に、国内外で山岳・自然科学・アウトドア等の分野で出版活動を展開。さらに、自然、環境、ライフスタイル、健康の分野で多くの出版物を展開しています。