「なんでホタルすぐ死んでしまうん」防空壕の名場面は実体験を反映したシーン…「火垂るの墓」に込められた原作者と監督の思い(前編) #戦争の記憶

エッセイ・コラム

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(c)野坂昭如/新潮社,1988

【全2回(前編/後編)の前編】

 今年、高畑勲監督のアニメ映画「火垂るの墓」がNetflixでの国内配信に続き、8月15日に7年ぶりの地上波放送を迎える。

 戦争末期、神戸の街で飢えと孤独にさらされながら必死に生きようとする14歳の少年・清太と、4歳の幼い妹・節子。そんな兄妹の過酷な運命を描いた同作は空襲、孤立、そして飢餓の描写が観る者の胸を締めつける物語だ。

 国内外で再び注目されるこの作品は、果たして何を描こうとしたのか? 原作者・野坂昭如氏と高畑監督それぞれの戦争体験と創作の動機、そして作品に込めた思いを辿りながら、「火垂るの墓」という物語が生まれた背景と変遷を掘り下げるのは、文学やメディアの現場に長く関わってきた南陀楼綾繁(なんだろうあやしげ)氏。

 両氏の作家性をひもときながら、原作と映画の違いと共通点を浮き彫りにした評論を紹介する。

二つの「火垂るの墓」とふたりの作家 南陀楼綾繁

 戦後80年、昭和100年の今年、8月15日に高畑勲監督のアニメ映画「火垂るの墓」が、「金曜ロードショー」(日本テレビ系)で放映される。

 同作は1988年に公開後、ほかのスタジオジブリ作品と同様、この枠で放映されてきた。しかし、高畑監督が亡くなった2018年を最後に7年間放映されずにいた。

「朝日新聞デジタル」2025年5月26日付記事は、「となりのトトロ」「天空の城ラピュタ」などに比べて、同作の視聴率が低いことなどを指摘している。

 一方、Netflix(ネットフリックス)では昨年9月、日本以外の約190か国・地域で同作の配信が開始され、多くの反響があった。これを受けて、日本でも7月15日に配信が始まった。

 それとともに、野坂昭如の原作にも注目が集まっている。

 毎年夏に開催される「新潮文庫の100冊」フェアでは、『アメリカひじき・火垂るの墓』は1976年~78年、87年~94年、そして野坂逝去の翌年である2016年に「100冊」入りしている。

 定番の名作やその時々の注目作家の作品で編成される「100冊」だが、戦争文学の比率はそれほど多くない。右の時期に限れば、毎年のように入るのは井伏鱒二『黒い雨』、大岡昇平『野火』、竹山道雄『ビルマの竪琴』、大江健三郎『死者の奢り・飼育』、遠藤周作『海と毒薬』あたりで、吉村昭『戦艦武蔵』も原民喜『夏の花・心願の国』も1、2回しか入っていない。

 2020年には『野火』は姿を消し、今年の「100冊」には『黒い雨』と、加藤陽子のノンフィクション『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』、そして復活した『アメリカひじき・火垂るの墓』の3冊になっている。戦後80年という節目にしては少ない気がするが、それだけ太平洋戦争が遠いものになっているのだろう。

 しかし、Netflixで「火垂るの墓」を観た海外の人が「ウクライナやガザの状況と重なる」と感じたように、同作は「戦争」という行為を鋭く告発している。

 ここでは、原作と映画の成り立ちをたどるとともに、ふたりの作家がこの作品に込めた思いに迫ってみたい。

南陀楼綾繁(ライター/編集者)
1967(昭和42)年島根県生れ。ライター・編集者。古本、書店、図書館、ミニコミなど本に関することなら何でも追いかける。2005(平成17)年から谷中・根津・千駄木で「一箱古本市」を開催する不忍ブックストリートの代表として、各地のブックイベントにも関わる。「一箱本送り隊」呼びかけ人。著書に『路上派遊書日記』『一箱古本市の歩きかた』『谷根千ちいさなお店散歩』などがある。

新潮社 波
2025年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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