【第173回直木賞候補作】ペットショップで「UVライト」だけ購入した「場違いな客」の目的は…? 夏木志朋『Nの逸脱』試し読み

試し読み

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何の変哲もなかった日常から、ある日突然“逸脱”してしまう3人の人物を描いた短編集。誰もが陥る可能性のある“日常の奈落”を、夏木志朋(なつき・しほ)が描き出す。

「場違いな客」
爬虫類のペットショップでアルバイトをする金本篤は、売れ残ったフトアゴヒゲトカゲが処分されそうになるのを見て、店長に譲ってくれと頼むが……。

「スタンドプレイ」
生徒たちにいたぶられ精神的に追い詰められていた高校数学教師・西智子は、深夜の満員電車で非常識な若い女と遭遇する。冷静になろうとするが高ぶる感情が抑えきれず、駅で降りた見知らぬ若い女を追尾し始めて……。

「占い師B」
占い師・坂東イリスのもとに、弟子にして欲しいという若い女性がやってくる。一見、優秀そうにも見える彼女は、やることなすことズレていて、失敗ばかり。クビにしようとしてもしつこく食い下がり、ぜひ自分を占い師にしてくれと訴えるのだが……。

「該当作なし」で世間に衝撃を与えた第173回直木賞。その候補作Nの逸脱』(ポプラ社)の魅力を伝えるべく、超豪華な試し読みが実現! 1万字超の大ボリュームで「場違いな客」を公開します。追う者と追われる者が入れ替わり、善と悪が反転していく予測不可能な展開をお楽しみください。

場違いな客

 天井のシーリングファンが空気をかき混ぜている。

 春先にもかかわらず店内は斑なく高温多湿に保たれていた。

「レプタイルズ・メサ」の中はいつも生き物の匂いと音に満ちている。ここの空調が常に熱帯じみた温度と湿度に設定されているのは、商品であるトカゲや蛇たちのためだった。

 奥にあるレジカウンターの内側で、金本篤はバーコード読み取り機を片手に相手へ金額を告げた。目の前の男が筋張った手で財布から札を取り出して篤に手渡す。代金を受け取り、商品を袋詰めしながら、篤は先ほどから浮かんでは取り下げているひそかな疑念をふたたび膨らませた。

 ──まさかな。

 男が購入した商品は、実に不可解だった。

 商品自体は普通にこの爬虫類ペットショップで扱っているものだ。飼育用品の一種である。

 しかし、彼がこれを買うということに篤は、まるで合点がいかなかった。ついさっき男が初めてこの店に入ってきた時から、彼はある意味で、まったくこの店にそぐわない客だったからである。

 篤は過去にオーナーから聞いた話を思い出していた。

 この業界でまことしやかに囁かれている、とある噂だった。

『もし、場違いな客がそれを買って行ったら、そいつは──』

「どうも」

 男の言葉に篤は顔を上げた。男が釣り銭を財布に仕舞って、商品の袋を手に持った。初めて聞いたその男の声は、彼の見た目通りにくぐもった、野暮ったくて暗い印象を受けるものだった。

 店内を後にする男の後ろ姿を眺めた。平凡な会社員風。とても「そう」は見えない。しかし彼の挙動や、そこそこ高額な商品にもかかわらず会計が現金だったことが、篤の疑心に拍車をかけた。

 篤はカウンターを出て、一番手前の水槽を覗き込んだ。勝手に名前を付けたフトアゴヒゲトカゲの「フトシ」に訊く。

「なあ、今の奴どう思う」

 フトシは瞬膜を瞬かせるのみだった。

夏木志朋
1989年大阪府生まれ。大阪市立第二工芸高校卒。第9回ポプラ社小説新人賞を受賞した『ニキ』が2020年9月に刊行され、デビュー作となる。また同書を改題して文庫化した『二木先生』が16万部を突破するベストセラーに。他の著書に『ゲーム実況者AKILA』(スターツ出版文庫)がある。

2025年8月20日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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