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- 佐伯警部の推理
- 価格:1,980円(税込)
佐々木譲さんの代表作である「道警」シリーズの佐伯宏一が、警部になって帰って来た!舞台は札幌大通り署から函館方面本部捜査課へ。
佐伯が警部に着任した二週間後、青函フェリー・ターミナルの北側、工業団地の岸壁から変死体が上がった。佐伯は早速現場へ、そして検視解剖が行われている病院に向かう……。
第二シーズンの開幕となる本書の冒頭を公開する。
***
その埠頭のほぼ南方向に、函館山が見える。
標高三三四メートル。牛が臥せたような、と形容される森林に覆われた山で、山頂に展望台がある。
函館山の山麓には、函館の古い市街地がある。その市街地に向かって、この埠頭から海岸線がおおむね一本のラインを作って伸びている。海岸線の右手の海面は函館湾で、湾に面する函館港の中に埠頭が何本も突き出している。フェリーボートや貨物船が何隻か、そうした埠頭に接舷している。古い市街地に近いクルーズ船のターミナルがある埠頭には、きょうは外洋航路のクルーズ船は入っていないと見える。
海岸線の内陸側、左手に広がるのが函館の「新しい」市街地だった。北海道・渡島半島南東端の平野部に築かれた街である。函館の主要な都市施設はだいたいこのエリアにある。
四月の月曜日の、朝八時四十五分だった。
北海道警察函館方面本部機動捜査係の捜査車両がいま埠頭の西端の道路脇に停まっている。機動捜査係は、捜査課に属するセクションで、道警本部の機動捜査隊とほぼ同じ役割を担っている。管内の函館市域部で重大事件が発生した場合、現場に急行し、所轄捜査課が到着するまで、現場の捜査を指揮する。
捜査車両を降りて、岸壁の端に立っているのは、ふたりの機動捜査係の私服警察官たちだった。
ひとりは機動捜査係配属六年目の赤松正尚巡査部長だった。今年四十歳になる。もうひとりは、若手の高島春樹巡査だ。
ふたりは、道路を渡り切って岸壁の端に立ち、道路の両方向を見渡した。いまふたりはこの工業団地の岸壁端の道路を一往復し、いままたこの道路の岸壁の中央付近まで来て車両を停めたのだった。停車位置は、行政名で言うなら、函館市浅野町である。
若い高島が、先輩警察官である赤松に言った。
「やっぱり、いたずら電話だったんじゃないでしょうか」
赤松は岸壁の端に目を走らせながら言った。
「まだそう決めるな。ここを見たら、港町埠頭と、北埠頭のほうも見ておく必要がある。通報では、きちんと場所を言えなかったかもしれないんだ」
港町埠頭は、主に貨物船が接舷する大型の埠頭だ。JR貨物の鉄路も引き込まれている。北埠頭は、工業団地の埋立地の南側にあり、青函フェリーのターミナルもある。
昨夜遅く、午前二時十五分に、函館方面本部の通信指令室に一一○通報があった。五稜郭駅前広場の公衆電話からだ。
今朝、引き継ぎを受けて通報の細かなところを教えられた。
通報者はこう言ったのだと言う。
「ひとが喧嘩をしていたようです。ひとが海に落ちたようです」
通信指令室は、場所を通報者に訊いた。
相手は、動揺している声で答えた。
「工業団地の岸壁の端です。青函フェリー・ターミナルの北側」
「喧嘩というのは、どうしてです?」
「何か、車から降りた男たちの様子がおかしくて、そのうち気がついたら、ひとを数人がかりで海に投げ込んだように見えたんです」
「ひとというのは、たしかですか?」
「いや、はっきりとはわかりませんけど、ひとみたいな大きさのものを」
「怒鳴り声とか、悲鳴とかはありました?」
「いいえ」
「この電話はどこからかけています?」
「五稜郭駅前の公衆電話です」
「電話機に番号が書かれているかと思いますが」
通報者はその番号を言った。通信指令室はそれが通報者の言ったとおりの公衆電話であることを確認した。
通報者からの電話はそこで切れた。一一○通報の場合、自分の身元を口にしない通報者は少なくない。多くの市民は、不審なことがあった場合、通報はしても、それ以上関わり合いになることは避けたい。その心理はわかっているから、指令室の受信担当者も身元は訊かない。警察としても、通報しても身元を詮索されることはない、という情報が広まってくれたほうがいいのだ。だから、とにかく不審事については通報してくれと。
なので昨夜の通報でも、通報者の身元は訊いていない。切れたことに舌打ちしたりせず、通信指令室は、機動捜査係の車両が通報にあった岸壁に近い北海道大学函館キャンパス近くにいることを確かめ、現場への急行を指示した。
指示を受けた車両は赤色灯を回転させてその場に到着した。
夜の二時過ぎであるから、現場の工業団地とその付属の埠頭の一帯は暗かった。南にあるフェリー・ターミナルのある埠頭は、深夜出航のフェリーボートが入っていて明るい。機動捜査係の警察官たちは、周囲を徐行して不審な車やひとを探したが見当たらなかった。
ひと気の少ない暗い場所のことでもあったから、その通報は何かの誤認である可能性も高かった。通信指令室には、通報の前後、とくに喧嘩や暴行、あるいはひとが帰宅しないとか拉致されたとか、ひったくり、交通事故、暴走車などの通報はなかった。通信指令室は、現場に向かわせた車両には、交代時までその工業団地端の岸壁周辺をあと二十分巡回するよう指示したが、応援は出さなかった。
朝になって、シフト交代時に、機動捜査係は、あらためて赤松・高島のチームに現場を検めるよう指示したのだった。
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