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- 旅行屋さん
- 価格:2,090円(税込)
時は明治、鉄道開通に揺れる滋賀県草津の村長・南信太郎は駅の開業に尽くし、立売り弁当販売を始める。その志を継いだ息子の新助は地元の人々、そして鉄道への恩返しの気持ちから伊勢神宮への団体参拝を実現させるが、それは図らずも日本における団体旅行のはじまりだった…〈日本旅行〉創業者・南新助の奮闘と激動の生涯を描く、旅行屋さん一代記!
「1.ホームに銀蛇の放列!」を公開する。
***
世界で最初の〈団体旅行〉を催行したのは、イギリスのトーマス・クックといわれている。一八四一(日本ではまだ江戸時代の天保十二)年のことである。
彼は、のちに世界で最初の〈旅行会社〉というものを作り、自分の名を社名にした。時刻表もトラベラーズチェックも〈トーマス・クック〉を嚆矢 とする。
さて、日本における団体旅行のはじまりは……というと、〈日本交通公社(現在のJTB)〉を思い浮かべる人が多いのではないだろうか。
だが実際には、〈ジャパン・ツーリスト・ビューロー(日本交通公社の前身)〉が、明治四五(一九一二)年に設立される七年も前の明治三八(一九〇五)年、すでに一人の男によって団体旅行が催行されていた。
まだ〈旅行会社〉という概念のなかった当時、彼は、
……旅行屋さん。
と、呼ばれていた。昔は、商売に〈屋〉をつけて、その人を呼んだものである。豆腐屋さん、葬儀屋さん、かつぎ屋さん……美容院はパーマ屋さん、牛乳屋は初期の頃は〈牛乳屋〉ではなく〈乳屋〉であった。
この日本で最初の〈旅行屋さん〉は、のちに〈日本旅行会〉(現在の〈日本旅行〉)と呼ばれるようになる。
……ちなみに。
トーマス・クック社は、二〇一九(令和元)年に突如倒産した。オンライン予約など時代の流れに乗り遅れ、「二十一世紀に対応する用意ができていなかった」ことが原因といわれる。
このときは多くの旅行者が世界中で足止めをくらった。イギリス政府は、十五万人以上にのぼるこれらの人々を無事に帰国させるために〈マッターホルン作戦〉を開始、当時の各メディアは、「平和な時代にイギリスで起きた最大の本国帰還作戦」と報じた。
そののち中国の投資会社〈復星国際(フォースン・グループ)〉が〈トーマス・クック〉の商標権を取得して中国で新法人を設立している。
こうしてトーマス・クック社が一七八年の歴史に幕を下ろしたことから……はからずもこの〈日本旅行〉が、世界で最も歴史のある旅行会社といわれるようになったのである。
〈駅〉は、旅のはじまりの場所であり、また旅の終着点でもある。そこには、さまざまな出会いがあり、思い出や物語が行き交う。
だが……鉄道が敷設された頃は、この鉄道の停車場のことを、現在のように〈駅〉と称してはいなかった。
英語そのままに〈ステンション〉と言っていた。現実には、ステンションの〈ション〉の部分が〈所〉となって……〈ステン所〉と人々は認識していたようである。京都駅なども〈京都駅〉とは言わずに、「ひっちょ(七条)のステン所」であった。
〈駅〉というのは、字の如く「馬を乗り換えるところ」ということで、鉄道開業時はまだ宿場があったことから使われなかったのだという。この〈ステン所〉が〈駅〉という名称に変わっていくのは、明治二十二(一八八九)年、市制、町村制が施行されたことによって、従来の〈駅〉がなくなってからのことである。
近江国の草津は、東海道と中山道の合流地点の宿場町だ。この草津に鉄道が通り、〈草津駅〉ができたのは、明治二十二年のことであった。まさに〈駅〉という言葉が宿場から鉄道に移りつつあった時期である。
東海道線は、西の開港場である神戸から大阪、京都、逢坂山の難所をトンネルで越えて琵琶湖畔の馬場(現在の膳所)まで延伸したのが明治十三(一八八〇)年。この時、東からは新橋を起点に長浜までが開通していた。
長浜 ―大津間は鉄道ではなく、なぜか船であった。すなわち、東京から長浜まで汽車で来た旅人は、船に乗り換えて琵琶湖を渡り、大津からまた汽車に乗り継いで京・大阪に入った。
東海道線は、新橋から神戸まで全通するまで……なんと十年近くの間、船を併用しながら人々を輸送していた。
これは一説に、草津駅予定地の用地買収が難航したためだという。最近ではこうした鉄道敷設に住民が反対したというのは事例に乏しく、単なる「鉄道忌避伝説」である、ともいわれているが、この草津駅周辺では……まさに強烈な住民の反対運動が現実にあったのだ。
この草津の地で生まれた〈日本旅行〉の創業者、南新助は、のちに当時のことを次のように語っている。
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