戦後、ラバウルの収容所で「忠臣蔵」が演じられた実話をもとに、28年かけて小説化した脚本家・鈴木智の挑戦

エッセイ・コラム

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鈴木智さん 写真:(c)日刊現代

終戦直後の南洋ラバウル。
飢えと病に苦しむ日本人たちは、収容所で「忠臣蔵」の芝居を上演していた――。
その小さな新聞記事に心を打たれたのが脚本家の鈴木智さんだ。

鈴木さんは報道やドキュメンタリーの構成・演出を経て、映画「金融腐蝕列島・呪縛」「誰も守ってくれない」などで日本アカデミー賞・モントリオール国際映画祭最優秀脚本賞を受賞した実力派だ。

そんな鈴木さんが、一枚の記事に導かれて取材を重ね、二十八年の歳月をかけて生み出した小説が『ラバウルの迷宮』。2025年の今年、第9回未来屋小説大賞にノミネートされた一作でもある。

語られなかった戦後の記憶と、「人はなぜ絶望の中でも物語を語ろうとするのか」という普遍の問いを見つめ続けた創作の軌跡を、本人が自らの言葉で綴ったエッセイをお届けする。

 ***

はじまりは、一枚の新聞記事だった。
それは、1993年8月13日付の日本経済新聞に掲載された「ラバウルの豪軍管理下の日本人収容所で忠臣蔵の芝居が上演された」という記事。
大きく扱われたわけではないが、私の胸を打った。
その数行の文字列が、私の中で長い年月をかけて発酵し、ひとつの物語になるまで、二十八年という時間を要した。

終戦直後のラバウル。そこにはおよそ十万人もの日本人が取り残されていた。
生きるか死ぬかという極限状況のなかで、彼らは芝居を作り、忠臣蔵を演じた。
人は、収容所でも芝居をするのか。しかも忠臣蔵とは復讐の物語である。
「なぜ、そんなことが可能だったのか」。
当時、駆け出しの脚本家だった私は、その問いにとり憑かれた。
戦争を描きたいと思ったわけではない。
ただ、死と隣り合わせの中で「人はなぜ物語を語ろうとするのか」を知りたかった。
その悲喜劇性こそが、人間の揺れ幅そのものだと感じた。

脚本家としての私は、日々、テレビや映画の企画に追われていた。
「今、売れるもの」「わかりやすいもの」が求められる現場の中で、
ふとした瞬間に、ラバウルの芝居づくりの話が頭をよぎるたび、
その沈黙が、どこか私を呼んでいるように思えた。
語られなかった物語を語ること――それこそが、作り手としての自分の使命ではないかと感じた。

やがて、記事を書かれた大島義郎さんにお話を伺う機会を得た。
戦争を知らない若者だった私に、大島さんは驚くほど丁寧に、当時の光景を語ってくださった。
収容所で豪軍将校と交渉しながら演芸大会を実現させた経験。
敵でありながら、そこに芽生えた奇妙な友情。
その一つひとつの記憶は、熱を帯びたまま私の中に残った。
また、後に戦後の彫刻家として知られる向井良吉さんにも取材を重ねた。
マラリアで生死を漂う中で「自分はまだ作品を残していない」と叫んだ彼の言葉は、創造とは何か、生きるとは何かを私に突きつけた。
さらに、ある手記には「暴動を恐れ、それを阻止するために捕虜同然の日本人に拳銃が渡された」とあった。
その一文から、戦争という狂気の中で人間がどこまで追い詰められていたのかを思い知らされた。

いったんは脚本としてまとめ、ささやかな評判を得た。
ただ、当時の日本映画界では、オリジナル脚本で大規模な戦争映画を作ることは難しかった。
「原作がないと企画は通らない」――そう言われ、私は立ち止まった。
それならば、自ら書こう。脚本ではなく、小説として。
だがその決意から実際に書き上げるまでに、さらに長い時間が流れた。
生活があり、仕事があり、時代が変わり、気づけば、取材でお世話になった方々の多くがすでにこの世を去っていた。

<戦争>という、死臭の漂う奥深いジャングルに取り残されたようで、足がすくんだ。
小説では、いっそうその暗い密林に分け入る必要を感じたが、自分の力不足を痛感するとともに、経験していないものを軽々しく書いて良いものではなかった。
理解しようとすればするほど、戦争は迷宮のように広がっていく。

この二十八年のあいだに、阪神大震災があり、東日本大震災があり、そしてコロナという未曾有の世界の停止があった。
人間の無力さ、自然の圧倒的な力を前にして、
「生きる」とは何か、「伝える」とは何かを考え続ける時間でもあった。
戦争と災害や疫病は違う。けれど、どちらの底にも共通して、徹底した絶望の中で人が希望を見出そうとする瞬間がある。――人は、強いのだ。
私はそれを、ラバウルで芝居を作った人々の姿のなかに見た。
その声に導かれ、筆を取った。

もっと早く形にできなかったかと思うと、今も胸が痛む。
けれど、二十八年という時間がなければ、この小説を発表することはできなかっただろう。
書くことを許される最低限の“資格”を、時間が与えてくれたのだと、今はそう自分に言い聞かせている。
誰かが書かなければ、消えてしまうことだから。
日々の物語との格闘のなかで、少しずつ語る手練手管を身につけてきたのだと思うことにした。
時間とは、作り手に与えられたもう一つの筆なのかもしれない。

戦争は遠ざかるどころか、形を変えて、私たちの足元に近づいてきている。
この物語の迷宮は、円を描くように続いており、出口は見えない。
けれど、出口が見えなくても、力がなくても、暗闇の中でひとすじの光を探し続けること。
それが、物語を語る者の務めなのだと思う。

戦争を語るのは難しい。
私の最も好きな映画の一つに、イタリア内戦を描いた「サン・ロレンツォの夜」がある。監督のタヴィアーニ兄弟は「戦争を知らない世代に戦争を伝えるためにあえてファンタジーの枠組みを選んだ」という。
それを強く意識したわけではないが、若い読者の障壁となりそうな古色蒼然とした時代性をあえて避けた。
できるだけ、迷宮の入口を広くして読者を物語の渦に引き込めるような、映画的なリズムと構成を心がけた。
それが、私なりの方法だった。

取材に応じてくださった大島義郎さん、向井良吉さんをはじめ、
本作の誕生に関わってくださったすべての方々に、心から感謝を捧げたい。
彼らの記憶とまなざしが、この作品の土台を形づくった。
そして、いまこの本を共に作ってくださった人たちとの時間は、
「モノを作る」という行為の根源的な歓びを思い出させてくれるものだった。
創作とは、過去と現在をつなぐ手のぬくもりなのだと思う。
それが、この本を手に取ってくださった読者に伝われば、こんなに嬉しいことはない。

戦後八十年という歳月は、記憶を風化させる。
けれど、物語はまだ、語られようとしている。この世に地獄はある。
光は、どこにあるのか。
その問いを胸に、これからも書き続けていきたい。

鈴木智(脚本家・小説家)
栃木県宇都宮市出身、早稲田大学卒業。報道、ドキュメントの構成・演出を経て、オリジナル脚本が複数のコンクールで高い評価を受け脚本家に。担当した脚本に、映画「誰も守ってくれない」(モントリオール国際映画祭 最優秀脚本賞)、「金融腐蝕列島・呪縛」(日本アカデミー賞優秀脚本賞/キネマ旬報最優秀脚本賞)、「青い文学人間失格」(ロッテンダム・フューチャー映画祭グランプリ)、「ローレライ」、ドラマに「トクソウ」「死の臓器」「獄の棘」「JKと六法全書」など多数。

アップルシード・エージェンシー
2025年10月11日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

アップルシード・エージェンシー

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