-
- 砂上の王国
- 価格:1,870円(税込)
第17回角川春樹小説賞を受賞した、坂井のどかさん。坂井さんは、2023年に青春小説『もののふうさぎ!』で第6回文芸社NEO小説大賞優秀賞を受賞し、2025年には『上田娘は動画で生きる』を上梓。角川春樹小説賞には2024年度にも応募しており、最終選考に残っていた。2025年、当時の選評を踏まえ作戦を練った『砂上の王国』にて、見事受賞する形となった。
『砂上の王国』は、シルクロードの要衝として栄えた小国・高昌を舞台に、周辺諸国との攻防を描いた歴史浪漫小説だ。坂井さんは、大学時代に学んだ中国文学への知見や、実際に中国を放浪した経験を活かし、本作を執筆した。
歴史のダイナミズムを感じる本作の冒頭を、特別に公開する。
第一章西域の風
沙漠の風に、汗が一瞬で乾く。
乾いては凝って塩となり、戦袍の袖に白い煌めきを残す。それを目にとめた麹智盛(きくちせい)は、ふと想起した。
(我々西域人は、こんなにも過酷な中で、懸命に生きている……)
死と隣り合わせの渇ききった沙漠は、むしろ、今ここに在るおのれの生命を、息づかいを、強烈に感じさせてくれる。
隣国との戦いの最中に、そのように思いを馳せる自分は、繊細なのだろうか、あるいは甘いのだろうか。
(いや、無謀なのだ。だからこそ、青くさい志などをいだくのだ)
西域諸国は、沙漠という海に頼りなく浮かぶ、小船の群のようだ。
ゆえに手を取りあい、友好と交易をつうじて、互いの利益と存続を確保しつづけねばならぬ。
それこそが、我が高昌国が生き延びる道だ。
そう確信している智盛なのに、その志とは裏腹の行為を今、まさに展開していた。
二十歳の若さで二千の兵を率いる智盛は、馬上で剣を振りあげ、逃げまどう敵を追撃する。
「あまり殺すな。追い立てるだけでよい!」
砂と石礫ばかりが拡がる大地を、あまたの馬が疾駆し、舞いあげられた砂塵が、景色を褐色に封じこめる。鼻と口を布で覆っていても、容赦なく細かな砂が侵入する。喋ると、埃っぽい砂の味が口中にひろがる。
風に舞う砂から視界を守るべく、目を細める。その塵のとばりを透かし、別動隊が先陣を切って敵を追いかけている様子が見てとれた。生まれ年の変わらぬ、弟の麹史含だ。
彼に与えられた兵は正規の高昌兵ではなく、主に近隣部族の者たちだが、まるでおのれの手足のように自在な用兵を発揮している。
短期間のうちに兵から慕われるのは、史含ならではの才覚だ。
が、
「史含め、将軍でありながら前へ出過ぎだ」
とはいえ、自分も人のことは言えないと、智盛は自覚している。使える武器が剣のみでありながら、こうして前線で直接指揮を執っているのだから。
智盛が攻略すべき焉耆国の都城が、太陽を背におぼろげな輪郭をなしている。撤退する敵は、その城門へと吸いこまれゆく。
「退け、ここまででよい。戦果は充分にしめした。史含にもそう伝えよ!」
伝令が馬上で一礼し、馬腹を蹴り、即座に陣を離れていった。
「敵は早期決着のために城外へ打って出たのだろうが……用兵に迷いがあるな」
焉耆に内訌がある証と、智盛はみた。
籠城により時間を浪費すると、やがて高昌の援軍として到着するかもしれない西突厥の、凶暴な大軍に踏み潰される。しかし、そうなる前に高昌軍を蹴散らせば、その凶悪な援軍が戦う目的を失う。だから短期決戦を焉耆側は仕掛けたのだろう。
なのに、それにしては焉耆兵の動きが、精彩を欠いていたように思えた。
(皆、迷っているのだ。明日の我が身をどうするか……西突厥と唐、二つの大勢力のはざまで、生き残りをかけて悩んでいるのだ)
数年前、唐が東突厥を降してから、それに代わって台頭してきたのが、西突厥である。各勢力の盛衰は、流動的な連鎖を生む。
沙漠の景色と一体化したかのような明褐色の城壁から、まばらに矢が降りそそぐ。それらの一本をかるく剣でいなし、
「退け!」
再度、号令を発して馬首をめぐらせた。
そこへ別働隊が合流し、史含が砂塵の幕を割って姿をあらわし、智盛と並んだ。
「兄上、こんな生ぬるいことでよいのか」
「父上の命は、焉耆を成敗すること。殺戮に走る必要はない」
砂の丘陵から吹きおろす風に、砂塵が吹き払われ、智盛と史含の砂まみれとなった顔があらわになった。兄弟だけに、顔立ちの共通点はいくらでも見つけられようが、印象がずいぶんと違う。
智盛は純然たる漢人の血筋ゆえ、簡素に整った輪郭に、細い双眸と眉が怜悧さをたたえ、武具より文具が似合う顔立ちだ。
ひるがえって、その横の史含は彫りがとても深く、大ぶりな瞳睛は灰褐色に彩られている。漢人と、西域にひろく分布するソグド人との混血であることは明らかだ。
都城から充分に離れたところで馬速をゆるめる。
「西突厥の軍勢は、援軍を用意しているとのことだ。その数は六万とか。それが事実ならば頼もしいかぎりではあるが、焉耆国の攻略は、我ら高昌軍のみで成し遂げる必要がある」
「それにしたって兄上の指揮は手ぬるい」
「手ぬるくしておるのだ。三千と三千で兵力は互角。籠城する方が有利ではあるが、士気はこちらの方がはるか上。しかし、いたずらに消耗しあっても、喜ぶのは西突厥ばかり」
「兄上の意図がわからん。普通に考えれば、同盟軍が到着するまでこちらの兵力を温存しようという腹にも見えるが……兄上は我ら高昌軍の力だけで焉耆国を降したいのだろう?」
「ああ、そのために、明日は使者を立てる。和平交渉だ」
「誰を使者に立てるんだよ。言っておくが、俺は戦う以上のことはできないぞ」
「いや、お前は副使として、隣に立っているだけでよい」
「俺が副使って……まさか兄上?」
「そうだ。私自身が和平交渉をしに、焉耆城へ乗りこむ」
史含が絶句し、隣の兄を凝視する。その智盛は揺れる馬上で上半身を安定させながら、まっすぐ前だけを見つめている。
株式会社角川春樹事務所「ランティエ」のご案内
http://www.kadokawaharuki.co.jp/rentier/
角川春樹事務所の読書情報誌です。著者インタビューをはじめとした新刊紹介や、連載小説などをお届けしています。毎月1日発行。
定期購読は、角川春樹事務所営業部(TEL.03-3263-5881)までお問い合わせください。
関連ニュース
-
神戸・元町のレストランを舞台に男女の心の機微を描いた上田早夕里の『トラットリア・ラファーノ』が刊行
[リリース](日本の小説・詩集)
2018/01/18 -
目黒蓮「自分自身の先の人生に注目してもらえたら」 映画「ほどなく、お別れです」で葬儀プランナー役 原作第四弾が文庫で発売[文庫ベストセラー]
[ニュース]
2026/01/24 -
怠け者の母親を内職で支える娘、盗みに手を染めた元大工、男を待ち続ける女…高瀬乃一がいわくつきの長屋を描いた時代小説 『うらぎり長屋』試し読み
[試し読み](日本の小説・詩集/歴史・時代小説)
2026/02/13 -
「さっぽろ雪まつり」に最もふさわしい犯罪とは 佐々木譲 道警シリーズ最新作にかけた意気込みを語る[文庫ベストセラー]
[ニュース](日本の小説・詩集/歴史・時代小説)
2022/05/28 -
「読む毒」とも呼ばれる筆致で注目される献鹿狸太朗、初の恋愛小説 『超正気』試し読み
[試し読み](日本の小説・詩集)
2026/04/08




























