-
- 独占告白 渡辺恒雄 平成編
- 価格:2,090円(税込)
2024年12月19日に逝去した読売新聞グループ本社代表取締役主筆の渡辺恒雄氏。渡辺氏は生前、NHKの取材班による複数回のロングインタビューに応じ、カメラの前で赤裸々に自らの半生を語っていました。
番組の書籍化第2弾となる本書では、渡辺氏が読売新聞グループのトップとなった平成期が舞台です。権力の頂点に立った渡辺氏は、前代未聞のスケールで日本社会に影響を与えていきました。
読売紙上での憲法改正試案の発表、「自自連立」「大連立」をめぐる政局への関与、球界再編での「たかが選手」発言……。「最後の大物」と呼ばれた渡辺氏は、いったい何を目指していたのか――。
試し読みとして「まえがき」の冒頭部分を公開します。
まえがき
「戦後政治最後の証言者」と呼ばれる人物の突然の訃報が駆け巡ったのは、年の瀬も押し迫った師走のことだった。二〇二四(令和六)年一二月一九日、読売新聞の主筆を四〇年にわたって務め、〝メディア王〟〝球界のドン〟〝昭和の巨魁〟〝最後の独裁者〟などの異名を取った渡辺恒雄が死去したのだ。九八歳だった。日本社会に多大な影響を及ぼしていた渡辺は、百寿が近くなってもなお亡くなるその日まで主筆を務め、社説の原稿には死の数日前まで目を通していたという。まさに「巨星墜つ」とでも言うべき渡辺死去の報に、政財界・球界など各方面から悼む声が相次いだ。戦後八〇年・昭和一〇〇年の節目となる二〇二五(令和七)年を間近に控えた時期の渡辺の死去は、一つの時代の終焉を感じさせるものだった。
そして訃報の約二ヶ月後、春の訪れを感じさせる麗かな陽気となった二〇二五(令和七)年二月二五日、東京・内幸町の帝国ホテルで渡辺のお別れの会が開催された。会には現職総理大臣の石破茂を始め、森喜朗、野田佳彦、菅義偉、岸田文雄ら歴代首相経験者、官房長官の林芳正、自民党幹事長の森山、東京都知事の小池百合子、前日本銀行総裁の黒田東彦、元巨人軍監督の長嶋茂雄、王貞治ら、各界を代表する人物が参列し、別れを告げた。この約八ヶ月後に自民党初の女性総裁に就任する高市早苗の姿もあった。参列者は四〇〇〇人近くに上った。私も生前の渡辺にインタビュー取材を行い、その証言を元に戦後史の舞台裏を辿る番組を制作した縁で会に招待を受け、参列した。
会場の巨大な祭壇には、渡辺の生涯の盟友であった元総理大臣の中曽根康弘の書が掲げられていた。「終生一記者を貫く 渡辺恒雄之碑」と中曽根が揮毫した墓碑銘で、二人の刎頸の交わりを象徴するものである。渡辺は二〇一九(令和元)年に死去した中曽根への弔辞で、ドイツの哲学者・カントの『実践理性批判』の結語冒頭の「わが上なる星の輝く空とわが内なる道徳律」を引用しつつ、「今あなたのおられる星輝く天界で、近くお目にかかるのを楽しみにしております」と言葉を結んでいた。その言葉通り渡辺は、星輝く天界に召されていったのだ。
祭壇周りでは常時、渡辺が生前に選曲したクラシック音楽が流れていた。渡辺は自らの葬儀を無宗教の音楽葬とすることを遺言していたのだ。曲目はバッハの管弦楽組曲第三番第二曲「アリア」や、ベートーベンの交響曲第七番第二楽章など計九曲だ。流れている曲の中には、ロシアの作曲家・チャイコフスキーの大作、交響曲第六番「悲愴」もあった。戦時中の一九四五(昭和二〇)年、軍隊に召集された一九歳の渡辺が、入隊前夜に死を覚悟しながら聴いたという曲である。インタビューで渡辺はこの「悲愴」を聴いた夜のことを、自身の「第一回目の葬式」と語っていた。私はこの曲を聴きながら、死が迫り来る悲痛な思いを戦争への嫌悪と共に語る表情や息遣い、そして記者として目撃した戦後政治の舞台裏の赤裸々な証言など、生前の渡辺の姿や言葉を思い浮かべつつ、祭壇に白いカーネーションを手向けて瞑目した。
私たちNHK取材班は断続的に二年近くに及んだ交渉の末、「戦後政治最後の証言者」とも言われ、自らも当事者として政治の舞台裏に深く関わった生前の渡辺のロングインタビューを、映像メディアとして初めて実現することができた。首都中枢を睥睨する広大な一室で、渡辺は自らの半生を縦横無尽に語り尽くした。私たちはその証言を元に、二〇二〇(令和二)年から翌年にかけて、BS1スペシャル「独占告白 渡辺恒雄 〜戦後政治はこうして作られた 昭和編〜」、NHKスペシャル「渡辺恒雄 戦争と政治 〜戦後日本の自画像〜」、BS1スペシャル「独占告白 渡辺恒雄 〜戦後政治はこうして作られた 平成編〜」と三本の長尺番組を制作した。
番組の前編となる「昭和編」を元にした拙著『独占告白 渡辺恒雄 戦後政治はこうして作られた』(以下、本文内では昭和編『独占告白 渡辺恒雄』と記載)では、渡辺の生々しい証言の数々から、昭和期の政治の「裏面史」を繙いた。結党以来の自民党内の熾烈な派閥抗争、反故にされた〝幻の総理大臣禅譲密約書〟、韓国との国交正常化に至るまでの水面下での駆け引き、沖縄返還をめぐる〝密約〟、盟友の中曽根康弘が総理大臣の座を手中にするまでの二人三脚、嫉妬やコンプレックスなどの人間感情によって動いてきた政治の実情、そして戦争体験との距離感によって戦後政治が形作られていった過程……。渡辺の証言から、知られざる昭和期の政治の別断面が浮かび上がってきた。
そして番組後編を元にした本書の舞台は、「平成」という時代である。戦後日本が「所与」としてきた東西冷戦、右肩上がりの経済成長、五五年体制という三つの前提の崩壊過程と共に幕を開けた平成という時代は、まさに激動の三一年であった。平成の幕開けは、渡辺が読売新聞社のトップに上り詰めた時期と軌を一にするものだった。一九九一(平成三)年に社長に就任した渡辺は平成期、その絶大な影響力を背景に昭和の時代を超えるスケールで時代の転換点に深く関与し、その一挙一動は日本社会に大きな影響を与えた。今回の書籍化にあたっては、時間尺の関係などから放送に盛り込めなかった渡辺のインタビューや関係者の証言、時代状況の描写などを大幅に加筆した。本書では、主に三つの側面から平成期の渡辺を描いていく。
第一に「政治の当事者」としての生々しい動きである。昭和の時代から当事者として政治の舞台裏に深く関与していた渡辺だったが、平成の時代に入るとその働きかけは局所的な政治攻防にとどまらず、時に政権の枠組みにまで及んでいった。例えば、一九九九(平成一一)年の自民党と自由党との「自自連立」、そして二〇〇七(平成一九)年に実現寸前まで漕ぎ着けた自民党と当時の最大野党・民主党との「大連立」など、渡辺の水面下の動きが鍵を握った局面は枚挙に暇がない。平成期の渡辺は歴代総理大臣の〝指南役〟的存在として、時に助言を授け、時に言論で対峙した。渡辺は政治の転換点でどう動き、何を目指していたのか。平成政治の別断面がその証言から明かされた。
第二に、「球団経営者」としての側面である。平成期の渡辺は、新聞記者・経営者としての顔に加え、球界の盟主・読売巨人軍オーナーというもう一つの相貌を併せ持った。時に物議を醸すこともあった言動で、〝球界のドン〟としての強烈なイメージが人口に膾炙していった。渡辺を新聞人としてではなく、球団経営者として想起する方も多いのではないだろうか。そして二〇〇四(平成一六)年に勃発した一リーグ制への球界再編問題の怒濤の渦の中心にいたのも渡辺だった。その過程での「たかが選手」発言など、渡辺の強烈な個性と奔放な発言は時に波紋を呼び、球界の行方に大きな影響を与えた。
第三に「言論人」としての側面である。渡辺の言論活動は、平成期にさらに積極性を増していった。とりわけ力を入れたのが「提言報道」である。主筆として日本最大の発行部数を誇る新聞社の社論を主導した渡辺は、安全保障、行政改革、経済、社会保障など、様々な分野で「客観報道」にとどまらない「提言報道」を打ち出していった。そして三度にわたり、新聞紙上で憲法改正試案を発表する。一方で自らも戦争体験を持つ渡辺は、総理大臣の靖国神社参拝に反対し、戦争指導者の戦争責任を検証する大型連載を主導するなど、戦争を厳しく問い直す論調を平成期にさらに強めていった。
平成期における渡辺は、メディアによって増幅されたイメージも相俟って、「虚像」が独り歩きしている感が否めない。ただ平成期は昭和期に比べて存命の関係者が多く、その数々の証言から、知られざる渡辺の「実像」が立体的に浮かび上がってきた。平成期に渡辺と深く接した関係者は、その特異な人物像について次のように語る。
安井浩一郎(やすい・こういちろう)
NHK大阪放送局 報道番組チーフ・プロデューサー。1980年埼玉県生まれ。2004年早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、NHK入局。仙台局報道番組、報道局政治番組、報道局社会番組部、放送総局大型企画開発センターのディレクター、報道局政治番組チーフ・プロデューサーを経て、2025 年より現所属。戦後史や政治分野を中心に、主にNHKスペシャルなどの報道番組を制作。著書に『吉田茂と岸信介 自民党・保守二大潮流の系譜』(2016 年、岩波書店)、『独占告白 渡辺恒雄 戦後政治はこうして作られた』(2023 年、新潮社)、共著に『ウイルス大感染時代』(2017 年、KADOKAWA)、『憲法と日本人 1949-64 年 改憲をめぐる「15 年」の攻防』(2020 年、朝日新聞出版)。2022 年度の拓殖大学客員教授も務めた。
株式会社新潮社のご案内
1896年(明治29年)創立。『斜陽』(太宰治)や『金閣寺』(三島由紀夫)、『さくらえび』(さくらももこ)、『1Q84』(村上春樹)、近年では『大家さんと僕』(矢部太郎)などのベストセラー作品を刊行している総合出版社。「新潮文庫の100冊」でお馴染みの新潮文庫や新潮新書、新潮クレスト・ブックス、とんぼの本などを刊行しているほか、「週刊新潮」「新潮」「芸術新潮」「nicola」「ニコ☆プチ」「ENGINE」などの雑誌も手掛けている。
▼新潮社の平成ベストセラー100
https://www.shinchosha.co.jp/heisei100/
関連ニュース
-
米国大統領の「トランプ」と恐怖政治に走った「ロベスピエール」…2人のポピュリストの「意外な共通点」と「決定的な相違点」
[特集/エッセイ・コラム](世界史)
2024/12/10 -
「『お茶』って、そういうものなのだ」 名言の宝庫!映画化された傑作『日日是好日 「お茶」が教えてくれた15のしあわせ』試し読み
[試し読み](エッセー・随筆)
2025/07/22 -
「鶏肉は水で洗うな」「記憶力は悪くてもいい」 「すごい科学論文」を東大教授が厳選紹介
[ニュース](家事・生活)
2025/05/05 -
【一話全文公開】「顔が良くて大好きな彼氏」が病んで引きこもった…あなたなら、どうする? 金原ひとみ『アンソーシャル ディスタンス』試し読み
[試し読み](日本の小説・詩集)
2026/07/21 -
「修行」だと思って、人のご機嫌を取ろう!「ご機嫌」になってもらうことのすごい効用 『マイ仏教』(みうらじゅん)試し読み
[試し読み](哲学・思想/宗教)
2025/04/24



























