深い恨みと憎悪の念がこもる「国恥地図」…「香港返還」20年後には消え失せていた 『中国「国恥地図」の謎を解く』試し読み

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 かつて中国が列強に奪われた領土、すなわち「中国の恥」を描いた地図があるという。その名も「国恥地図(こくちちず)」。その実物を手にした筆者は唖然とした。国境線は近隣十八か国を呑み込み、日本をはじめ三か国を切り取り、南シナ海をほぼ囲い込んでいたのだ。

 海洋進出、一帯一路、覇権主義。すべての起源はこの地図だった! 日本に繋がる不審な記述、繰り返される改訂、僅かに現存する「国恥地図」を探る『中国「国恥地図」の謎を解く』(新潮新書)の冒頭を公開する。

はじめに

 2026年6月、新型コロナ・ウイルスが世界中で猛威をふるう中、中国政府は香港に「香港国家安全維持法」を制定して、即時施行した。

 香港では前年の四月に、中国への容疑者移送を盛りこんだ「逃亡犯条例」改定草案が議会に提出されたことから、市民の反対運動が起こり、百万人規模の反対デモが何度も続いて、都市機能が完全に麻痺していた。中国政府はコロナ感染の防止を口実に市民集会を禁止し、警察権力を行使して市民に暴力をふるった。その末に「香港国家安全維持法」を導入して、香港の司法と行政を完全に掌握したのである。

 堪能な日本語と可憐な面差しで知られる周庭さん、筋金入りの学生活動家の黄之鋒さん、香港の民主活動の後ろ盾となった「リンゴ日報」創業者の黎智英氏ら、「民主」と「自由」を掲げて市民運動を率いてきたリーダーたちは次々に逮捕され、実刑判決が下っている。「リンゴ日報」は廃刊に追いこまれ、香港議会から民主派議員も締め出された。海外へ移民しようとする人々はこの一年で急増した。

 中国が、50年間維持すると約束した「一国二制度」は、23年目にして反故(ほご)にされたのだ。「香港返還」当時、だれがこんな事態になることなど想像しただろう。

 いや、どこかで予想はついていた。あの1997年6月30日、私がいたのは返還式典会場と棟続きになったグランド・ハイアット・ホテルの中庭の一角だった。特別報道番組のゲストとして出演してほしいと依頼されたのは、その2週間前のこと。およそテレビの世界とは無縁の私が迷った末に引き受けたのは、歴史的な瞬間を間近で見られる貴重な機会だと思ったからだ。

「返還式典を見て、いかがですか?」と、キャスターが私に聞いた。

「香港は私のホームタウンです。イギリスの西洋文化と中国の伝統文化が融合した魅力ある町で、子供の頃から慣れ親しんできました。それが今失われるとおもうと、心にぽっかり穴が開いたような気がします」と、私は遠慮気味に口にした。

 だが、内心では動揺が収まらず、この場にいることを後悔していた。ほんとうならホテルの部屋に閉じこもり、誰にも邪魔されずに泣いたり喚いたり、悪態の限りを尽くして、青春時代のかけがえのない記憶が抹殺されることへの悲しみを発散したかったのだ。

新潮社
2025年12月4日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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