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- 温泉放浪記
- 価格:2,365円(税込)
子どもの頃から温泉好きだった森まゆみさんが『温泉放浪記』で紹介するのは、これまで森さんが実際に泊まってきた宿の数々で、北は北海道から南は九州まで150以上。
決して高級宿ではなく、「なじみで、気楽で、ほどけられて、静かで、お帰りと言ってもらえる、自費で何泊か泊まれるくらいの値段の宿」での、あたたかな思い出や愉快なエピソードが、森さんらしいフランクな筆致で綴られています。
今回は試し読みとして、九州の章の一部を公開します。
12章 九州、北へ南へ
熊本の湯めぐり
大分県に隣り合う熊本県も温泉の宝庫だ。特に、活火山阿蘇の周りにはすばらしい温泉が多い。
地獄温泉 清風荘
名前がすごい、地獄温泉。熊本の山の中にある。建物は何の変哲もない。しかしこの温泉の効力たるや、毎年来て長逗留している人が多いのをみればわかる。アトピーにも効く。
特に「すずめの湯」というのは温泉が湯船の下からぼこぼこ湧いているので、主人曰く「温泉の成分が外に飛び散らないで効率よく体内に取り込まれる」のだとか。そこは混浴で、私のようなおばちゃんも多いので、気にしないで入れてもらった。
そのほか、野趣あふれる湯小屋もあり、もう1ヶ月ぐらいは居たい感じ。女湯が「仇討の湯」というのも、この温泉が藩政時代から、細川藩士の御用達だったからかと思いきや、上から男湯が覗けるから、いつも覗かれている女の仇討ちだっていうのはおもしろい。かといってご主人によれば「団体で来て大騒ぎとか、マナーの悪いギャルは嫌い」だそうで、「温泉が好きな人、環境が好きな人、病気を治したい人」に来てもらいたいという。深夜のお風呂で会った人は「蜂に刺されて躰が腫れちゃって、ここに来てずいぶん良くなりました」「アトピーなんで夏中かゆくて。やっとこられたの」とのことだった。
食事も凝ってはいないがとてもおいしいイノシシ鍋、野鳥囲炉裏焼きなどもあって、友と酒くみかわし、浮き世を忘れるのには最高の宿。
この宿は2016年の熊本地震で大きな被害を受け、建て直されて、モダンな高級宿になった。立ち寄りもできるが、風呂もかなりモダンになっていた。
黒川温泉
黒川が人気になる直前、旅の雑誌で訪れた。まずは洞窟風呂のある「新明館」に泊まって、黒川温泉をここまで有名にしたご主人の後藤哲也さんに話を聞いた。「私は見た目が農家のおやじのようなので、まさか宿の主人とは思われない。だからお客さんたちも安心して、ああだこうだと温泉への不満やこうしてほしいという話をする。それをみんな聞いて改善していったんです。それと露天風呂を作るのが好き。まず露天風呂を作って、よその旅館のお客さんにも入ってもらった。他の旅館の露天もいろいろ作ってあげた。それで評判がいいんです」という。
他に「黒川荘」と「山みず木」とこの時は3泊した。どこも雰囲気が違う。毎月、日を決めて旅館の主人たちがみんなで集落を掃除する。仲が良い。入湯手形を買えば、他の旅館の湯にも入れる。だからどこの湯に入っても他の旅館の浴衣を着た人がいる。それで話が弾んで、お宅の旅館はどうですか、となって、それぞれの長所を聞けばまた来たくなる。
森まゆみ
作家。1954年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。1984年に地域雑誌「谷中・根津・千駄木」を創刊。1992年には地域の歴史と文化を掘り起こすコミュニティ活動を評価され、雑誌の発行元・谷根千工房がサントリー地域文化賞を受賞。1998年『鷗外の坂』で芸術選奨文部大臣新人賞、2003年『「即興詩人」のイタリア』でJTB紀行文学大賞、2014年『『青鞜』の冒険 女が集まって雑誌をつくるということ』で紫式部文学賞を受賞。歴史的建造物の保存活動などにも取り組み、1999年に日本建築学会文化賞を受けている。近著に『じょっぱりの人 羽仁もと子とその時代』『谷根千、ずーっとある店』『野に遺賢をさがして ニッポンとことこ歩き旅』など。無類の旅好きで年に半分は旅の空。
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1896年(明治29年)創立。『斜陽』(太宰治)や『金閣寺』(三島由紀夫)、『さくらえび』(さくらももこ)、『1Q84』(村上春樹)、近年では『大家さんと僕』(矢部太郎)などのベストセラー作品を刊行している総合出版社。「新潮文庫の100冊」でお馴染みの新潮文庫や新潮新書、新潮クレスト・ブックス、とんぼの本などを刊行しているほか、「週刊新潮」「新潮」「芸術新潮」「nicola」「ニコ☆プチ」「ENGINE」などの雑誌も手掛けている。
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