大詩人・杜甫はいかにして「国破れて山河在り」の境地に至ったのか? 李白ら酒豪たちとの出会いを描く歴史小説『飲中八仙歌―杜甫と李白―』試し読み

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 松本清張賞受賞作『震雷の人』でのデビュー以来、中華歴史小説を上梓してきた千葉ともこさんの最新作『飲中八仙歌―杜甫と李白―』。

 本書は、いち書生にすぎなかった杜甫が、李白はじめ型破りな酒仙たちとの交流を通じて「国破れて山河在り」の境地に辿り着き、民のために皇帝に諫言することを決意する、連作形式の長編小説です。

 いまや大詩人として名を馳せている杜甫の若き日の成長を、著者の大胆な創作を交えながらあますところなく描き切っています。

 試し読みとして、第一章の冒頭部分を公開します。

第一章 酔狂な長老 ─賀知章─

  知章騎馬似乗船   知章が馬に騎るは船に乗るに似たり
  眼花落井水底眠   眼花み井に落ちて水底に眠る

 賀知章が酔って馬に乗った姿は、ゆらゆらとして船に乗っているようだ
 眼がくらんで井戸に落ちても、水の中で眠りこける

     一
 強い日差しが、地を焦がすようだった。
 といっても、八十を過ぎた賀知章の身体は暑さに鈍い。舌を出して伸びている犬、干からびた雑草、日を浴びて顔を赤くした幼子と、あたりの光景から暑さを察している。
 感覚が衰えても身体が熱に強くなるわけでもなく、歩くうちに眼がくらみ、知らぬうちに口中が渇く。感じ方が鈍い分、遅れて身体の異変に気づくはめになる。
 天宝三載(七四四年)、中国唐の副都・洛陽の北市(市場)。賀知章は、道端の岩に腰かけた。
 ──不吉な陽気だ。
 燦々と輝き、地上に命の恵みをもたらす太陽は、ときに干ばつなどの害をなして疎まれる。賀知章が目をかけてやったあの男のようだった。
「お探ししましたよ」
 賀知章が振りかえると、粗末な衫を着た男が馬の轡を取っていた。
 身をやつしても、気品がある。皇族に仕える官人(九品以上の官僚)が庶民のなりをしている──となればこの男も周囲をはばかって洛陽へ入ったのだろう。いつも冷静なこの男には珍しく、息が上がっていた。
 賀知章も官服ではなく、道士の着る道服に身を包み、頭巾をかぶって口もとを布で覆っている。素性を隠すためだけではなく、実際、数月前に出家したばかりだった。
 酒肆のならぶ通りで、頭巾姿の道士と、庶人というには品のある布衣が差し向っている。
「供もつれず、危のうございます」
 ほんとうに洛陽にいらっしゃるとは、と男は呆れたように息を漏らす。
 たしか年は四十を過ぎたほどだったか、思慮深さと働き盛りの肉体をそなえ、人としてもっとも良い年頃にあるこの男が、老齢の自分には羨ましい。
「護衛ならおるだ」
 目をやった先には、木陰で談笑している商人らの姿がある。みな賀知章の手下だった。男は安堵したように息をつき、口もとをゆるめる。
「久しぶりに賀公のお国の言葉を聞きました」
 賀知章の故郷は、長安からはるか南東にある会稽の永興県だ。賀知章は五十年ほど朝廷に仕えたが、その間、故郷の呉の訛りを改めなかった。
「おめえも故郷の言葉を使わねば、忘れるぞ」
 異国出身の文官でこの男ほど重用される者を、ほかに知らない。唐ではあまり見ない曖昧な笑みを男は浮かべた。
「で、なぜおめえがここにおる」
 隠居した賀知章とちがい、多忙を極めているはずだ。
 儀王友、というのが今のこの男の官職だ。儀王は皇帝(玄宗)の第十二子であり、男はその学友の役職に任じられている。いわば教育係で、儀王が気に入って離さぬと聞く。
「我が友から報せが。あなたさまから内々の酒宴に招かれたと」
 男が「我が友」といった相手は、
 ──李白
 という詩人だ。あのいまいましい顔が目に浮かぶ。男は賀知章の前でかしこまった。
「年齢をお考えになって、自重なさいませ」
「しかし、李白を野放しにしておくわけにはいかめ」
 これから賀知章は、李白と北市で落ち合うことになっている。
 詩壇の寵児として持てはやされている李白だが、この三月に朝廷を追われて、今は洛陽に滞在している。
 あの風来坊の詩才を見出したのは他ならぬ賀知章だ。
 ──謫仙人
 賀知章が李白につけた名である。
 李白の詩を耳にしたとき、この詩人は天上から人の世に流謫された詩仙だと思った。つむぎだされる言葉に作為がない。
 ──この才を天子の前に出さねばならぬ。
 熱に浮かされたようになって上奏文を書いた。李白を世に出すことが、おのれの使命であり、人生最後の酔狂だと思った。李白を皇帝に推挙したことは悔いていない。
「しかし、よりによって一番厄介な相手を敵にまわすとはな」
 李白の役職は、翰林供奉──皇帝のそばに仕える宮廷詩人だった。
 皇帝に取り立ててもらった身にもかかわらず、李白は皇帝の御前で寵妃である楊玉環(のちの楊貴妃)をそしる詩を作った。楊玉環はいわくつきの妃だ。もとは皇帝の息子寿王の妃だったが、皇帝が息子から取り上げて一度出家させてから後宮に入れた。
 今もっとも権力を誇る妃であり、李白の奔放な行いをよく思っていない者たちが、ここぞとばかりに李白を非難した。
 賀知章は、男の肩についた赤く染まった糸くずに目をやる。
「血の臭いがすんな」
「李白が取った邸店のあたりで少々」
 日中の往来で不穏なことを言う。
「敵がいだか」
「ですから、危のうございますと申し上げました」
「おめえが穏やかなのは見た目だけだな」
 人当たりという点で、自分とこの男は似ている。異国人に対する蔑視や敵意を、この男は実力と温厚な物腰でいなした。一方、賀知章は訛りの抜けぬ調子者の仮面をかぶり、相手に警戒させぬようにつとめた。
 手法は違えども、敵を作らぬ姿勢は同じ。しかし、人当たりが良くとも、おのれの手を汚さずに官界で生き残れるわけがない。
「内々に処理するしかあんめな」
 目の前の男の名を呼ぼうとしたが、喉がひりつく。この男の故国での名をなんといったか。少し考えてから顔を上げた。
「阿倍仲麻呂よ」
「ここではその名は」
 周囲をはばかるように阿倍仲麻呂──この国では朝衡と呼ばれる男が、賀知章を咎める。
「ではお互い偽名で、柳公、和郎と呼び合うべな」
 日本人の友を見据えた。
「和郎がいるなら話は早え。志能備を放て。例の屋敷の場所は李白のごじゃ(ばか者)がら知らされておろう?」
 阿倍仲麻呂は志能備と呼ばれる特殊な能力を持つ手下を抱えている。男が故国から伴ってきた者たちで、獣や虫の生態から術を学び、人とは思えぬ動きをする。
 阿倍仲麻呂はうなずき、首もとにふれた。指で示した形が、志能備への指示になっているらしい。
「場合によってはごれを」
 賀知章は道服をめくり、腰に下げていた飾りを阿倍仲麻呂に渡す。その佩玉を見て、阿倍仲麻呂は一瞬目を見ひらいた。
「柳公のお覚悟、しかと受けとめました」
 李白と落ちあう時刻まで間がある。通り沿いに、酒を扱っていることを示す青い旗が風にはためいていた。
「喉が渇いた。李白が来るまで付き合え」
 いつなんどきも、酒が飲めなくては酒豪賀知章の名がすたる。
 かすむ眼をしばたかせ、たなびく旗を眺めた。せっかく洛陽にいるのだから、垢ぬけた肆がいい。
 立ち上がると、足がよろめく。筋肉は衰えたが、歳のわりに恰幅はよいほうだ。乾いた地の上で、丸く低い影に高い影が寄り添う。阿倍仲麻呂に支えられながら、結局、一番近くにあった酒肆へ足を踏み入れた。
 青旗をくぐったとたん、悲愴な声が耳に飛び込んでくる。
「約束をなさったではありませぬか」
 叫んでいるのは書生だ。線がほそく、どこか頼りなげなその書生は、卓越しに前のめりになって官服の男の襟首をつかんでいる。
 肆の者が間に入り、「お客さま」と書生をなだめていた。
「賀さまにご紹介いただけるのですよね。あの賀監に」
 秘書監まで務めた賀知章を賀監と呼ぶものも多い。潤んだ書生の目が戸口に向いた。

千葉ともこ
茨城県生まれ。筑波大学日本語・日本文化学類卒。2020年第二十七回松本清張賞を『震雷の人』で受賞して小説家デビュー。二作目の『戴天』で第十一回日本歴史時代作家協会賞新人賞を受賞。ほかの著作に『火輪の翼』がある。

新潮社
2026年2月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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1896年(明治29年)創立。『斜陽』(太宰治)や『金閣寺』(三島由紀夫)、『さくらえび』(さくらももこ)、『1Q84』(村上春樹)、近年では『大家さんと僕』(矢部太郎)などのベストセラー作品を刊行している総合出版社。「新潮文庫の100冊」でお馴染みの新潮文庫や新潮新書、新潮クレスト・ブックス、とんぼの本などを刊行しているほか、「週刊新潮」「新潮」「芸術新潮」「nicola」「ニコ☆プチ」「ENGINE」などの雑誌も手掛けている。

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