猫のこころに向き合うことが、猫の生活の質を高める。フランスのベストセラーが説く「獣医精神医学」 を紹介
エッセイ・コラム

画像提供:PIXTA
フランスでベストセラーとなった「猫のこころの本」が日本上陸
獣医師であり、獣医精神医学(動物精神医学とも呼ばれる)の専門家である著者クロード・ベアタ氏が書いた『猫の狂気 ふしぎで豊かな「猫のこころ」をめぐる探検』(山と溪谷社)は、2022年にフランスで刊行され、一般書部門で数週間に渡りベストセラーになった書籍の日本版だ。
「獣医精神医学」とは、個々の動物の精神バランスを支える要因となるものは何か? を読み解く、比較的新しい獣医学の分野。この領域の認定医制度をフランスで確立した、臨床獣医師でもある著者は、本書で、さまざまな患者(猫と飼い主)や自身の飼い猫の事例をあげながら、「猫のこころ」を読み解いていく。
タイトルの「狂気」には、「生き物にも心がある」という根本的な問いを読者に投げかけたいという著者の意図がある。猫のこころを形成する特徴のひとつに、猫は「ヒトやイヌのような社会性動物ではない」という点があげられるそうだ。猫には階層や社会は存在せず、双対関係、つまり二個体間の関係が集まっているにすぎない。こうした関係性は猫のこころに安らぎや喜びを作りだす一方、その関係性がうまく行かない場合には、望ましくない行動(粗相、攻撃性、過剰な毛繕い、尿マーキングなど)につながったり、不安症やうつ病などの病を患うことがあるという。
それらを踏まえ、猫と人とがより良い双対関係を育むための、誰もがお家で実践できる療法も本書で紹介されている(その名もランデヴー療法)。猫の飼い主にとって、はじめて触れる興味深い知恵や、猫と人がより快適に共に暮らすためのヒントが詰まった一冊だ。
この近年日本でも注目されつつある「獣医精神医学」について、米国獣医行動学専門医で本書の日本語監修者である尾形庭子氏による解説を紹介する(以下、『猫の狂気 ふしぎで豊かな「猫のこころ」をめぐる探検』の巻末解説を全文公開)。
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- 猫の狂気 ふしぎで豊かな「猫のこころ」をめぐる探検
- 価格:3,300円(税込)
動物の「こころ」を研究する獣医精神医学
著者であるべアタ先生とは、獣医行動学という同じ専門分野で20年以上にわたり、国際学会や研究交流を通じて親交を続けてきました。獣医行動学は分野の名称や研修内容には国ごとの違いがあるものの、1993年にアメリカで専門分野の一つとして発足し、2002年にEU圏で、その後オーストラリアとニュージーランドでも確立された獣医学の専門分野の一つです。上記の国や地域では獣医学教育を修了し、獣医師免許を取得した後、各国で定められた専門医研修(レジデンシープログラム)を経て、専門医試験を受験するという専門医制度も確立していて、合格者は、国際的にほぼ同等の資格として相互に認められています(ただし各国における診療行為の可否については、それぞれに定められた獣医師法に従う必要があります)。
著者はこうした国際的な専門医資格を有しながらも、さらにフランス国内向けに「獣医精神医学」という領域の認定医制度を確立し、その知見を本書に結実させています。
世界各国で異なる研究アプローチ
国際的に認められているとはいえ、このユニークな分野を理解するには、各国の文化的・歴史的背景を踏まえることが不可欠といえます。たとえば米国とフランスでは、人間の精神医学の発展過程も大きく異なる学派の伝統があり、米国では行動分析や行動評価を重視する生物学的モデルが主流で、動物の行動を客観的に測定し、科学的根拠に基づく治療計画を立てるアプローチが好まれます。一方フランスでは、動物の問題行動を家族関係や生活史、心理的要因との関わりの中で解釈し、飼い主との語り合いや長期的な関係構築を重視します。これらは単なる理論上の違いではなく、診療現場での優先順位や治療のプロセスそのものに影響を与えるものであり、同じ「獣医行動学」という名称であっても実際のアプローチは国ごとに大きく異なります。
私自身も1997年、イギリスで開催された第1回国際獣医行動学会に参加しましたが、その場で痛感したのは、学派や背景が異なると用語や定義も食い違い、限られた時間内では本質的な議論に至りにくいという現実でした。こうした経験からも、異なる文化や言語、さらには対象となる種の違い(たとえば犬と猫)を超えて共通項を見出すには、生物学的モデルのように普遍性を持つアプローチが不可欠だと考えられます。しかし同時に、共通のプロトコールや最大公約数的な方法論に依拠しすぎると、個々の動物の特性や家庭環境、飼い主との関係性といった細部が軽視される危険性もはらんでいます。べアタ先生が、こうした二つのアプローチの長所と限界をともに理解し、その溝を埋めるべく、フランス国内で「獣医精神医学」を独立した認定資格として発足させたことは、きわめて自然な成り行きであったと推測されます。
日本語監修者 尾形庭子
米国獣医行動学専門医であり、米国パデュー大学獣医学部伴侶動物行動学の准教授を務めている。1990年に日本獣医生命科学大学を卒業後、一般臨床を経て、1997年に英国エディンバラ大学で応用動物行動学・動物福祉学のディプロマを修了。同年より日本で行動診療を専門とする臨床活動を開始する。その後、2007年に東京大学にて博士号を取得し、2008年より米国タフツ大学にて行動学のレジデントおよび研究員を務め、2012年からパデュー大学に着任。現在は、伴侶動物の精神的健康と福祉の研究に加え、獣医行動学とヒト精神医学をつなぐ橋渡し研究にも力を注いでいる。また、獣医学部生、大学院生、レジデントの教育・指導にも積極的に携わり、次世代の獣医師育成に尽力している。
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1930年創業。月刊誌『山と溪谷』を中心に、国内外で山岳・自然科学・アウトドア等の分野で出版活動を展開。さらに、自然、環境、ライフスタイル、健康の分野で多くの出版物を展開しています。
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