幼い頃に失踪した姉。2年後に帰ってきた姉は「別人」かもしれない…100万部突破の極上ミステリ! 湊かなえ『豆の上で眠る』試し読み

試し読み

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 小学校一年生の時、結衣子(ゆいこ)の二歳上の姉・万佑子(まゆこ)が失踪した。

 必死に捜す結衣子たちの前に、二年後、姉を名乗る見知らぬ少女が帰ってきた。喜ぶ家族の中で、しかし自分だけが、大学生になった今も微かな違和感を抱き続けている……。お姉ちゃん、あなたは本物なの? 辿り着いた真実に足元から頽(くずお)れる衝撃の姉妹ミステリー。

 100万部を突破した湊かなえが放つ傑作ミステリ『豆の上で眠る』の冒頭を公開します。

第一章 帰郷

 大学生になって二度目の夏――。

 新神戸駅から新幹線こだまに乗って三豊駅まで向かう約二時間、いつも思い出す童話がある。

 ナンプレ、クロスワードなどのパズル。テトリス、スーパーマリオなどのゲーム。どんなに集中できることであっても、頭の中をそれ一面で覆い尽くすのは難しい。隙間なく覆われているようでも、実は一枚絵ではなく、ジグソーパズルのような小さなピースの寄せ集めでしかないからだ。

 故郷が近付くにつれて、その童話は、ピースの継ぎ目からジワリジワリと染み出してくる。頭の中に物語が画像としてインプットされているなら、わずかな隙間を縫って出てくるのは難しく、毎度現れることはないのかもしれないが、音声としてインプットされているため、容易に侵入を許してしまうのだ。ならば、音には音で対抗をと、音楽を聴いてみても効果はない。お気に入りのアーティストのスローバラードでも、ハードロックでも、結果は同じだ。音量も関係ない。

 盲目的な恋をしていて、相手のことで頭の中がいっぱいならばどうだろう、と考えたこともある。今のところ仮定でしかないが、効果はそれほど期待できそうにない。たとえ、何年付き合ったとしても。

 喫茶店〈金のリボン〉のバイト仲間、沙紀ちゃんは仕事中に時折涙ぐむことがある。BGMに昔の彼氏との思い出の曲が流れることがあるからだ。有線放送のため、ふいうちで耳に飛び込んでくる分、感情のコントロールができずに泣いてしまうらしい。

 しかし、沙紀ちゃんには新しい彼氏がいる。一日一つはのろけ話をするくらい上手くいっている。先月、一周年を迎えたらしく、記念のペンダントも見せびらかされた。それでも、沙紀ちゃんは泣く。別のバイト仲間がさりげなく、昔の彼氏について訊ねたことがある。沙紀ちゃんは多くを語ろうとしなかったが、わかったことはいくつかある。交際期間は三カ月。死別したわけではない。地元に戻れば共通の友人を介して会うこともできる。その程度なのに泣く理由がわからない、と訊いた当人は納得しかねる様子だったが、私は同意しなかった。

 記憶の濃淡は時間や現在の環境によって決まるわけではない。

 こんなエピソードを聞いたことがある。昔の貧乏な画家は新しいカンバスを買う余裕がなく、絵が描かれているものを塗りつぶし、その上から新しい絵を描いていた。まれに、何層かのつまらない絵の下に名画が眠っていることもあるのだと。

 人間の記憶もそのカンバスのように、重ね書きの繰り返しではないだろうか。薄っぺらな日常が何年分も重ね書きされようと、ほんのわずかな亀裂や隙間から、色濃く残っている部分が漏れ出てくるのは、何ら不思議なことではない。
 

湊かなえ
1973(昭和48)年、広島県生まれ。2007(平成19)年、「聖職者」で小説推理新人賞を受賞。翌年、同作を収録する『告白』が「週刊文春ミステリーベスト10」で国内部門第1位に選出され、2009年には本屋大賞を受賞した。2012年「望郷、海の星」で日本推理作家協会賞短編部門、2016年『ユートピア』で山本周五郎賞を受賞。2018年『贖罪』がエドガー賞候補となる。他の著書に『少女』『Nのために』『夜行観覧車』『母性』『望郷』『高校入試』『豆の上で眠る』『山女日記』『物語のおわり』『絶唱』『リバース』『ポイズンドーター・ホーリーマザー』『未来』『暁星』、エッセイ集『山猫珈琲』などがある。

新潮社
2026年7月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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1896年(明治29年)創立。『斜陽』(太宰治)や『金閣寺』(三島由紀夫)、『さくらえび』(さくらももこ)、『1Q84』(村上春樹)、近年では『大家さんと僕』(矢部太郎)などのベストセラー作品を刊行している総合出版社。「新潮文庫の100冊」でお馴染みの新潮文庫や新潮新書、新潮クレスト・ブックス、とんぼの本などを刊行しているほか、「週刊新潮」「新潮」「芸術新潮」「nicola」「ニコ☆プチ」「ENGINE」などの雑誌も手掛けている。

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