就活生の本音、嫉妬、不安、自意識…社会人になっても“刺さる” 朝井リョウ『何者』試し読み 

試し読み

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就活対策で集まった大学生5人。だが、SNSや面接で発する言葉の奥に見え隠れする本音や自意識が、彼らの関係を変えていく……。

2026年本屋大賞を『イン・ザ・メガチャーチ』(日本経済新聞出版)で受賞した話題の著者・朝井リョウによる、第148回直木賞受賞作『何者』(新潮社)。映画化もされ、100万部突破の大ヒットとなった本作の冒頭を公開いたします。

 ***

 ドン、と、誰かの肩が当たって、リズムが崩れた。曲のテンポの波から外れた自分の体は、光太郎の歌声が作り出す空間そのものからポンと押し出されてしまったようだ。そのとたん、ライブハウスなんていう全く似合わない場所にいることを誰かに見つけられた気がして、急に恥ずかしくなる。

 orangeくらいの小さなハコだと、少し冷静になるからだろうか、ステージに立っている人たちが余計に遠く感じてしまう。

 ふと気が付くと、てのひらがべとべとしていた。誰かの肩とぶつかった拍子に、つい、プラスチックのカップをぎゅっと強く握りしめてしまっていたらしい。大きく波打って溢(あふ)れてしまったジンバックは、俺のてのひらだけじゃなく、前の人のパーカにもかかっている。ジンバックといっても、ほとんどが氷とジンジャーエールだ。てのひらがぷんと甘く匂(にお)う。

 前の人は、光太郎の作った曲に夢中だ。俺がこぼしたジンバックに全く気付かない。

 光太郎のくせのある前髪が、汗で束になって、額にはりついている。一緒に住み始めてもう長いけれど、家にいる光太郎とステージの上に立つ光太郎は、まるで同一人物ではないような気がしてしまう。

 曲が終わった。拍手が沸く。カップを持っていないほうの手を動かして、俺も音が鳴らない程度に拍手をする。コウさーん、と、最前列右側あたりから若い声が飛んで、ほーい、と光太郎が普通に返事をする。ドッ、とその周辺が盛り上がる。たぶん、サークルの後輩や同期だろう。光太郎がそちらに向かってピースサインをすると、カメラのフラッシュらしきものがパッとステージを照らした。そしてまた、笑い声。

 ステージ上って、お客さんの顔意外とちゃんと見えるんだぜ。前に光太郎はそう言っていたけれど、その言葉を今のあいつにそっくりそのまま返してやりたい。こっちからだって、お前の表情や所作のひとつひとつがよーく見える。だから、今みたいな内輪の空気を出されると、正直、こちらとしてはちょっと冷める。

「とりあえず、三曲聴いてもらいましたけど、どうすか? 体あったまりましたか?」

 イェーイ、と、またあのあたりから歓声が上がった。俺の周りにいる人たちはステージ上にいる誰の知り合いでもないのだろう、どういう態度を取っていいのか決めかねているようで、結局ちびちびとドリンクを飲んでいる。学生バンドとはいえドリンク代五百円はちゃんと徴収するあたり、ちゃっかりしている。

 このライブハウスは、学祭のメイン会場である大学からは歩いて十分ほどの距離にある。それもあってか、客はまばらだ。

「今日は学祭最終日ってことで、俺たちOVERMUSICにとっては引退ライブです。いやー引退ライブなんてずっとずっと先のことかと思ってたけど、もう今日、ていうか今なんですねー」

 お前もあっというまにおじさんだぞ! 後ろのほうから飛んだ野次は、まだまだ若いOBのものだろう。パーマのかかった前髪で目が隠れてるベースが声を出して笑う。マイクは、その声をていねいに拾いあげて、わざわざ俺のところにまで届けてくれる。

「いやあ、ほんと早いっす。高校と大学ってこんなにも時間の早さ違うのかって、ほんとそう思います」

朝井リョウ
1989(平成元)年、岐阜県生まれ。小説家。2009年、『桐島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。13年『何者』で第148回直木賞、14年『世界地図の下書き』で第29回坪田譲治文学賞、21(令和3)年『正欲』で第34回柴田錬三郎賞、26年『イン・ザ・メガチャーチ』で第23回本屋大賞を受賞。他の著書に『どうしても生きてる』、『スター』、『生殖記』などがある。

新潮社
2026年7月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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1896年(明治29年)創立。『斜陽』(太宰治)や『金閣寺』(三島由紀夫)、『さくらえび』(さくらももこ)、『1Q84』(村上春樹)、近年では『大家さんと僕』(矢部太郎)などのベストセラー作品を刊行している総合出版社。「新潮文庫の100冊」でお馴染みの新潮文庫や新潮新書、新潮クレスト・ブックス、とんぼの本などを刊行しているほか、「週刊新潮」「新潮」「芸術新潮」「nicola」「ニコ☆プチ」「ENGINE」などの雑誌も手掛けている。

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