大好きな小説の作者・大槻ケンヂに感動を精一杯伝える→「あー、それは全部なかったかもなぁ」…燃え殻の初エッセイ『すべて忘れてしまうから』試し読み

試し読み

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人生はままならない。

だから人生には希望が必要だ。

深夜ラジオを聴いた部屋で、祖母と二人きりで行った富士サファリパークで、仕事のためにこもった上野のビジネスホテルで、仮病を使って会社を休んで訪れた石垣島で、ボクが感じたものーー。

「エモい」といえば燃え殻さん。初のエッセイ集『すべて忘れてしまうから』より、冒頭の「はじめに」を公開します。

はじめに

 人生のほとんどの時間を“ままならない”で過ごしてきた。

 最終学歴は金さえ振り込めば全員合格できる広告の専門学校だし、コンビニのバイトに日本人というアドバンテージを活かせず落ちたことも二度ある。その後は自分以外ほぼブラジル人というエクレア製造工場で働き、今の会社にはバイトで潜り込んで、そのまま正社員になった。
 
 
 そんな僕が、四十を過ぎて小説を書いた。人生で唯一自分より好きになった人と、サヨナラも言えずに別れたことを綴った小説を書いた。

 小説を出版しておきながら、たぶん人生で小説は数える程度しか読んでこなかったと思う。集中力が続かず、気づくと同じ行を何度も繰り返し読んでしまう癖があるからだ。初めてちゃんと全部読めたのが、大槻ケンヂさんの『リンダリンダラバーソール』だった。僕は、作中に出てくる彼女「コマコ」と主人公である大槻さんとのやりとりが大好きだった。

 幸運にも昨年、そんな大槻さんと自分の小説の出版記念トークイベントで対談させてもらえる機会があった。新宿紀伊國屋の控え室のドアを開けると、そこには大槻さんがひとりで座っていた。

 本当に好きな人に会うのは健康を害するので避けたほうが良い、と今の僕なら言える。ガチガチで挙動不審な僕に、大槻さんは「どもども、ちょっと二人で話さない?」なんて気軽に声をかけてくれた。

 拍子抜けするぐらいのフレンドリー具合に僕は、ここは踏ん張り時だと、覚悟を決めて『リンダリンダラバーソール』のコマコと主人公のやりとりにどれだけ救われてきたかを話した。

 大槻さんが初めてオールナイトニッポンのDJをする日、生放送を前にしてプレッシャーのあまり「オレ、このまま逃げるよ」とコマコに弱音を吐いたら「ブロン液」を渡され、それを飲んでなんとかO.A.をこなすくだり。そして、それから十数年後、地方のライブハウスをツアーで回っている大槻さんのもとにコマコが現れ、結婚して年を重ねていた彼女が「あなたは何も変わらないね」と言って、最後に「わたしにラバーソール買ってよ」と言うくだり。

「僕は涙しました!」と興奮しながら言うと、大槻さんは少しうつむきながら、「あー、それは全部なかったかもなぁ」と言った。「え?」なんて口ぽかんの僕に続けざま、「ブロン液はひとりで飲んだの。地方のライブハウスの鏡を見たら老けた自分がいてさぁ、俺は変わらないって言い聞かせてたんだよ」と言って、へへと照れくさそうに笑った。

 その後、大槻さんはこちらを真っすぐ見て言った。

「あそこはね、僕の希望なの。で、燃え殻くんの小説の中の希望はどこ?」
 
 
 人生はままならない。だから人生には希望が必要だ。ままならなかった僕も大槻さん同様、希望を書いた。思えば、その小説はタイトルからして希望を込めたものだった。
『ボクたちはみんな大人になれなかった』。あの頃思っていた“つまらない大人”に限りなく近い存在になってしまった僕が、精一杯の希望を込めて付けたタイトルだった。
 
以上は本編の一部です。詳細・続きは書籍にて

燃え殻(もえがら)
1973(昭和48)年神奈川県横浜市生れ。2017(平成29)年、『ボクたちはみんな大人になれなかった』で小説家デビュー。同作はNetflixで映画化、またエッセイ集『すべて忘れてしまうから』はDisney+とテレビ東京でドラマ化され、ほかにも映像化、舞台化が相次ぐ。著書に、小説『これはただの夏』『湯布院奇行』、エッセイ集『それでも日々はつづくから』『ブルー ハワイ』『愛と忘却の日々』『これはいつかのあなたとわたし』『夢に迷ってタクシーを呼んだ』『明けないで夜』『この味もまたいつか恋しくなる』など多数。

新潮社
2026年7月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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株式会社新潮社のご案内

1896年(明治29年)創立。『斜陽』(太宰治)や『金閣寺』(三島由紀夫)、『さくらえび』(さくらももこ)、『1Q84』(村上春樹)、近年では『大家さんと僕』(矢部太郎)などのベストセラー作品を刊行している総合出版社。「新潮文庫の100冊」でお馴染みの新潮文庫や新潮新書、新潮クレスト・ブックス、とんぼの本などを刊行しているほか、「週刊新潮」「新潮」「芸術新潮」「nicola」「ニコ☆プチ」「ENGINE」などの雑誌も手掛けている。

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