
武者小路実篤の理想郷「新しき村」が消滅の危機に
明治43年(1910年)に志賀直哉らと「白樺」を創刊して以来、『幸福者』『友情』『真理先生』等の代表作をはじめ、大正~昭和の文壇をリードした文豪・武者小路実篤(1885-1976年)。
大正7年(1918年)には宮崎県に「新しき村」を創立し、「人が人らしく生きる社会をつくる」という共生の理念を中心に、身分や貧富の差がなく労働と芸術を両立しながら村民が助け合う“ユートピア”を実践した。
この新しき村は、埼玉県毛呂山町の美しい自然が残る広大な敷地で現在も継続している。しかし創立百余年を経て、在住する村人は3名のみとなり、消滅の危機を迎えている。
苦境の中、実篤の理念を次世代につなぐべく、新しき村は数年前に財団法人化。中心となるのは、実篤の孫であり財団の理事長を務める武者小路知行氏、再建の陣頭指揮を執る弁護士の千賀修一氏、そして日本を代表する起業家であり経営のプロとして知られる副理事長千本倖生氏ら3名だ。
日本の精神文化の遺産を多くの人の力で蘇らせるために選んだ手段は、クラウドファンディングだ。新しき村の“奇跡の再生”を目指す3名が、熱い思いを語り合った。
昭和55年、村内に設立された新しき村美術館。武者小路実篤の所蔵作品約400点などが閲覧できる。
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傍観者からの脱却と「日々新しき村の会」
千賀 武者小路実篤先生が創設された「新しき村」は、創立百余年の歴史を持ちますが、近年は深刻な存続の危機にあります。本日は村の現状とこの危機にどう対処しようとしているかについてお話ししたいと思います。まずは武者小路理事長、ご自身が運営に関わるようになった経緯からお聞かせください。
武者小路 私は実篤の孫ですが、長年運営には関わっていませんでした。転機は、元『新潮』編集長の前田速夫さんが書かれた『「新しき村」の百年』という本でした。そこには「村はこのままでは消滅する」という痛切な叫びが綴られていたのです。
千賀 私もその本を読み、ショックを受けました。私は学生時代から実篤の「この道より我を生かす道なし」という言葉を座右の銘としていたこともあり、すぐに前田さんにお会いして意気投合したのです。そして、知行さんを会長に、「日々新しき村の会」を立ち上げました。これが私たちの改革の第一歩でした。
武者小路 当初は村の理事会に様々な提案をしましたが、一部には閉鎖的な空気もあり、なかなか受け入れられませんでした。
千賀 しかし、村の財政は待ったなしの状態でね。太陽光発電の収入減などで年間一千万円以上の赤字が続き、ついにはコンサルタントから「土地を半分売却して縮小すべきだ」という提案がなされたのです。
千本 経営が行き詰まった組織において、経費の節減は必須条件ですが、そのうえで、資産やリソースを生かした新たな道の開拓は欠かせません。
千賀 ええ。私は理事会で「土地は絶対に売らない。公益財団法人へと移行し、広く社会から寄付を集めて再生すべきだ」と主張しました。それが認められ、知行さんが理事長に、私が副理事長に就任し、茨の道ともいえる公益認定への挑戦が始まったのです。

左から、千本倖生氏・武者小路知行氏・千賀修一氏。神田神保町にある新しき村東京支部(新村堂)において
運命的な出会いと「企業版ふるさと納税」
千賀 新体制となり、広報強化のために機関誌を刷新しました。それをホテルのフィットネスクラブで知人たちに配っていた際、偶然お近くにいらした千本先生にも一冊お渡ししたのです。
千本 読んですぐにメールを差し上げました。私は奈良出身で、志賀直哉など白樺派の文人たちが身近な環境で育ち、実篤先生の思想には若い頃から深い敬意を持って
いました。それもあって、千賀先生の情熱に打たれ、私も力になりたいと申し出たのです。
千賀 千本先生との出会いは、資金調達面でも大きな転機でした。ちょうどその頃、千本先生が設立された「こどもたちと共に歩む会」という被虐待児を支援する財団運営を通じて「企業版ふるさと納税」の仕組みを知り、これが村の再生に使えると確信したのです。
武者小路 そこで千賀先生はすぐに行動を起こされましたね。
千賀 はい。「こどもたち〜歩む会」の事務局長を務められていたデイポップスグループ代表取締役の後藤さんのご紹介で、企業版ふるさと納税の先進地である北海道東川町へ複数の理事たちと視察に行き、町長から直接寄付等の仕組みを学んできました。
千本 私自身も千賀先生のすさまじい情熱に打たれ、私にも村の再生のために一役買わせてほしいと申し上げ、副理事長に就任させていただくことになりました。日本に通信の自由化をもたらした時と同じように、「不可能を可能にする戦い」に血が騒いだのです。
千賀 本当に心強い限りです。村の公益認定のための内閣府との折衝も困難を極めましたが、執念が実り、昨年ついに内閣府より公益認定が下りました。

新しき村 全景
理想郷を次代へ繋ぐ「開かれた村」へ
千本 実篤先生が掲げた「自他共生」の哲学は、私たちが生きていく上で今こそ求められている理念です。村には広大な土地と素晴らしい理念がある。足りないのは「知られていない」ことだけです。
千賀 そこで現在、村の土地活用のための「懸賞論文」や、運営を担う「村長募集」を展開しています。記者会見も行い、多くの皆様からの関心も集まり始めています。
武者小路 実篤は常に「もう一歩」と言い続けました。常に一歩先のことを考えて行動する人だったので、保守的に守るだけでは実篤の理念に反します。時代に合わせて変化し、外に開かれた村にすることが本当の意味で志を継ぐことだと考えています。
千本 この記事を読まれている読者の皆様には、ぜひ「日本の精神文化の遺産を、多くの人の力で蘇らせる」という私たちの挑戦に力を貸していただきたい。
千賀 安易な資産売却でその場を切り抜けるのではなく、険しくとも正々堂々と再生する道を選びました。新しき村はこれから新しい「開かれた理想郷」へと生まれ変わります。全国の皆様のクラウドファンディングによるご支援をお願い申し上げます。

新しき村 入口
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武者小路知行(むしゃこうじ・ともゆき)
武者小路実篤の孫にあたる(三女・辰子の息子)。幼少のころ一時期実篤の千川の家に同居し、実篤の晩年の姿を知る人である。現在は一般財団法人調布市武者小路実篤記念館の理事長、公益財団法人新しき村の理事長を務めるほか、武者小路実篤の素顔や思い出を伝える講演などを行っている。
千本倖生(せんもと・さちお)
公益財団法人千本財団代表理事。一般財団法人こどもたちと共に歩む会(https://www.ab-children.com/#board)代表理事。
京都大学大学院特命教授、アジアイノベーション工科大学理事長。
第二電電株式会社(現KDDI)を、稲盛和夫氏と共同創業。その後次々と起業し、経営を軌道に乗せるなど「伝説の連続起業家」と称される。
千賀修一(せんが・しゅういち)
TLEOグループ代表。弁護士。税理士。
虎ノ門法律経済事務所 代表弁護士。公益社団法人シニア総合サポートセンター理事長。公益財団法人千賀法曹育英会理事長。公益財団法人虎ノ門総合研究所理事長。
「法の支配を全国へ」という理念を胸に、弁護士事務所創業から53年。弁護士としてだけでなく、公益に資することを念頭に、社会全体のためになるように、利他の精神で公益活動を推進している。
「新しき村」再建プロジェクト
公益財団法人「新しき村」は、実篤の思想を現代に生かす活動を継続中。村の再建プロジェクトの一環として、8月7日より、寄附者が税制上の優遇(寄附金控除)を受けられるクラウドファンディングをスタートさせている。
新しき村 WEBサイト:https://www.atarashiki-mura.or.jp/
クラウドファンディング:https://readyfor.jp/projects/atarashiki-mura新しき村
〒350-0445 埼玉県入間郡毛呂山町葛貫423-1
TEL:049-295-5398
FAX:049-295-5398
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