僕の人生には事件が起きない
2022/07/08

ハライチ岩井「そういうところなんだよお前のモテない理由は!」 一体なんなんだコイツ、と思ったやつ

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イラスト:岩井勇気(ハライチ)

お笑い芸人・ハライチの岩井勇気による連載エッセイがパワーアップして再始動!「人生には事件なんて起きないほうがいい」と思っていたはずが……独自の視点で日常に潜むちょっとした違和感を綴ります。今回のテーマは「ミュージカルを観る」です。

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 先日、仕事関係の知り合いにミュージカルの舞台のチケットをもらった。ミュージカルの演目は有名な『オペラ座の怪人』だ。

 しかし、僕は演劇の舞台が苦手だった。舞台演劇用の不自然な演技と、演劇至上主義という気持ちが体から溢れ出し観客に迎合しない役者の雰囲気を、常連客のみが楽しんでいるように感じてしまう。

 それは僕だけが思っているのかもしれないし、嫌なら行かなければいい話なので、普段から演劇を観に行く習慣は無く、交わることはない。その僕の思う演劇の一面が、初見の客足を遠のかせているのかどうかも、知る由もない。

 だがミュージカルは好きだった。ミュージカルはいい。演劇の間に歌や踊りが入り、いいミュージカルであれば演奏者がいて、生の演奏を楽しめる。僕は音楽は好きなので、曲を聴くことに苦はない。

 要するにミュージカルが好きというよりは、音楽を聴いていれば公演が終わるから演劇の中では一番マシ、といった感じだろうか。

 
 
 
 とはいえチケットをくれた人の手前、何年かぶりにミュージカルを観に行くことにした。前に観たミュージカルの演目がなんだったかも覚えていない。

『オペラ座の怪人』は、名前は聞いたことがあるが内容はよく知らなかった。オペラ座という劇場で噂される怪人の話、という、うっすらとした知識があるだけだった。

 劇場に着き、チケットを見せて中に入る。広めの会場で客席は1000席以上あった。2階席まであるうちの、1階席の真ん中くらいの場所に座り、公演が始まった。割と設定はわかりやすく、序盤から内容が頭に入ってきやすかった。

 オペラ座で噂されるファントムという怪人。劇場に毎月2万フランを要求し、払わない場合は災いが起こるとされている。怪人は音楽の才能はあるが、仮面の下の顔は醜い化け物のようだった。

 ある時、怪人はオペラ座に出演する1人の女優に恋をし、その女優を主演にすべく歌を教える。女優はみるみる成長し主演になるのだが、公演を観にきていた幼馴染みと再会を果たし、女優と幼馴染みの恋が燃え上がる。

 すると怪人は嫉妬に狂い、女優に「男とは別れろ」と告げる。そして劇場の巨大シャンデリアを落とすのだ。更には劇団員を1人殺し、怒りを露わにする。それでも女優が幼馴染みとの関係を続けていると、女優と幼馴染みを執拗に追いかけ、別れさせようとする。

 この辺りまで観た時、この怪人に対して僕は思った。

 一体なんなんだコイツは。

 怪人は女優に歌を教えて主演にのし上げたが、その立場を利用し、女優のプライベートにまで立ち入ろうとした。公私混同もいいところである。会社の新人研修の時、仕事を教える流れで女性新入社員に言い寄る上司のようだ。この女優にしてみたら、恩はあれど恋愛にまで口を出されたくはないだろうし、仕事上一緒にいただけで束縛されてはたまらないだろう。

 挙句の果てに、癇癪を起こして劇場のシャンデリアを落とすわ、俳優を1人殺害するわの大暴れ。恋愛に対しての粘着具合と、この勘違いの度合いは、恐らく童貞のそれである。怪人の中身は、とんだ“童貞メンヘラ勘違い野郎”なのだ。

 そういうところなんだよお前のモテない理由は! 顔の醜さとかじゃないの! まずその自分中心の価値観がこの女優と合ってないから! 顔も性格も悪くてどうするんだよ! どっちかは好かれようって努力しろよ! 歌の才能がずば抜けてるのかもしれないけど、この女優はそこに男性的な魅力を感じてないから! 独りよがりな恋愛をするな! と、演劇の要所要所で怪人に思っていた。

 そしてついに怪人は、力ずくで女優を拐(さら)ってしまうのだ。それを知った女優の幼馴染みの男は、怪人の住み家を突き止めて助けに来る。しかし怪人の罠にはまり、幼馴染みはロープを首にかけられて吊られてしまう。すると怪人はその様子を女優に見せつけながら「あの男を助けたくば俺と一緒になれ」と要求するのだ。

 いや、だからそういうところなんだよお前の悪いところは! それで女優がお前のことを好きになると思うか!? あとそのやり方で一緒になっても嬉しくないだろ! わからないんだろうな童貞だから! ずっと間違ってるんだよお前のやり方は! 女優にとってのお前の好感度はどんどん下がってるぞ! と、怪人への心の中での叱咤が止まらない。

 だが、ここで女優が意を決したように言う。「わかったわ。私も覚悟を見せる!」そして女優はおもむろに怪人の顔に手を伸ばし、熱い口づけをしたのだ。突然のキスに怪人の体は硬直し、驚きのあまり目を見開いて「ふわぁぁ……」と後退りをする。

 やっぱ童貞じゃねーか! キスされた時の反応が童貞そのものなんだよ! もしかしてファーストキスだったのか!? ファーストキスはもっと素敵なシチュエーションでしたかったって感じだな! かわい子ぶってんじゃねぇ! 憧れの女の人にキスしてもらえたんだからもっと喜べよ! と、僕は席から立ち上がらんばかりに心の中で叫んでいた。

 その後、怪人は幼馴染みのロープを解くと、女優と幼馴染みに「もういい! ここから出ていけ!」と吐き捨てるように言う。恐らく女優の大胆で挑発的な態度が、純真無垢に自分のことを好きになってもらえると思っていた理想の女性像から外れていたのだろう。

 とにかく独りよがりで理想だけが大きくなってしまった哀れな中年男である。そして“住み家で孤独に震える怪人”という描写で物語は幕を閉じるのだった。

 2時間半程の公演を観た後、『オペラ座の怪人』への印象は観る前と全く別物になった。付き合いで観に来た舞台なので、2時間半耐えるものと覚悟していたが、怪人の一挙手一投足に前のめりにつっこんでしまい、それも含めてかなり楽しんでいたように思う。

 さらに、怪人のことをどこか“放って置けない存在”のように思い、最後には可愛らしさまで感じていた。狙ってか狙わずか、思ってもみない角度の楽しませられ方に、不思議な気持ちで劇場を出たのだった。
 
 
 
 ごくたまに面白いと思える舞台がある。ほとんどの舞台は苦手だが、次にもし舞台の観覧に誘われた時は、怪人のことを思い出して、少しだけ足取りが軽くなるような気がした。

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岩井勇気(いわい・ゆうき)
1986年埼玉県生まれ。幼稚園からの幼馴染だった澤部佑と「ハライチ」を結成、2006年にデビュー。すぐに注目を浴びる。ボケ担当でネタも作っている。アニメと猫が大好き。特技はピアノ。ベストセラーになったデビューエッセイ集『僕の人生には事件が起きない」に続く、『どうやら僕の日常生活はまちがっている』は2冊目の著書になる。

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