僕の人生には事件が起きない
2019/09/12

ハライチ岩井がルイ・ヴィトンの7階で出会った“白いペンギンを見張る人”

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お笑い芸人・ハライチの岩井勇気による初めての連載エッセイ。お笑いのこと、ラジオのこと、アニメのこと、この世界のこと……独自の視点で日常に潜むちょっとした違和感を綴ります。今回のテーマは「アート」です。

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第10回「アート」


イラスト:岩井勇気(ハライチ)

 休みの日や、仕事と仕事の間の空き時間が長かったりすると、たまに美術館に行く。昔、水彩画や油絵をやっていたこともあって、アートは結構好きだ。

 中でも現代アートが割と好きで、お笑い芸人をやっているから感じる事だと思うのだが、現代アートは大喜利に似ている。

 大喜利というのは、お題を与えられてそれに対して面白おかしく回答するというものである。大喜利をやる上でもちろん面白い答えは大事だが、その次に重要なのが、他の人が思い浮かばないような答えを出す事だ。なので、とにかく頭を捻っていろんな角度からお題を見て、回答を考える。

 現代アートを見ているとそれを感じる事がある。例えばキャンバスに絵を描くとしても、絵の具でどんな絵を描くかというのも重要だが、まずキャンバスをどう使うかを考える。バラバラに解体してもいいし、燃やしてもいい、そのまま何も書かずに飾ってもいい。言わばキャンバスを使った大喜利だ。

 さらに、例えば、キャンバスに紐をつけて自転車で近所を引きずり回す。小1時間も引きずり回せば汚れたり破れたりするだろう。それを美術館に飾る。すると「この作品のタイトルとコンセプトは?」という大喜利が始まる。一番センスのある回答を、作品の右下の綺麗な紙に書いておけば完成だ。おそらく作品のコンセプトを決めてから制作し出す芸術家と完全に手順は逆であるが、現代アートはそういう視点で楽しめる事がある。

 たまに行く美術館がある。表参道のルイ・ヴィトンの7階にあるアートスペースだ。ここは半年程の周期で展示品が全て替わり、現代的なアートが多い。しかし、僕はルイ・ヴィトンのようなハイブランドのアパレルで買い物をする事は殆ど無い。展示を見に行く時は、入店してすぐ商品に目もくれず7階に行き、見た後すぐに退店するので、どこかいつも少し後ろめたい気持ちにはなる。

 最初に行ったのは2年前。以前、知人からルイ・ヴィトンの上で美術展をやっているという事を聞いていた僕は、仕事の空き時間にそれをふと思い出し、その期間何のアートを展示しているかも調べず、とりあえず行ってみたのだ。

 表参道についたら、ルイ・ヴィトンの店舗に入り、エレベーターで7階へ行った。7階のアート展の入り口のドアを開けると、中はかなり暗い。家の天井の照明の、オレンジの小さい明かりだけが点いているのと同じくらいの暗さだ。開けてすぐの部屋は20畳くらいで、どこかにあるのだろうスピーカーから、風が強く吹いたような音が流れている。

 入ってみると客は僕1人で、あとはその部屋の担当と思しき、ビシッとしたスーツを着ている40歳くらいの男性店員が1人居るだけだ。部屋を見渡しても、暗さで何が展示してあるのか一目ではわからなかった。だが、しばらくして目が慣れてきても、見渡す限り何もないのだ。さらに目を凝らして見ると、ようやく部屋の隅に何かがあるのを発見した。恐る恐る近づいて見ると、それは白いペンギンの置物だった。

 大きさはペンギンそのもので、かなりリアルに作られている。中に機械が入っているらしく、たまに首と羽が少し動く。部屋にはどうやらそのペンギンの置物しかない。

 たまにウィーンと小さな音を立てて動く白いペンギンの置物をしばらく眺めて僕は思った。「少し展示の情報を調べてから来ればよかった」と。

 謎だ。うす暗い部屋の隅に白いペンギンの置物がある。見に来る人はこれを見て「美しい」とか「さすが」などといった感想を持つのだろうか。何の情報もないまま白いペンギンを見させられているので「よく分からない」という感想しか思い浮かばない。

 よく分からないものをずっと見ていたくはなかったが、部屋には店員と僕の2人だけだ。すぐに部屋を後にすれば部屋の店員に「分からなかったんだな」と思われかねない。白いペンギンを見て、何かを思い、感心しているような素振りを店員に見せなくてはならない。

 確か部屋に入る前、エレベーターを降りたところに今回の展示の説明が書いてあったが、読まずに来てしまった。本当はすぐさま戻って読みたいのだが、部屋の店員に「あ、説明見に戻ってる。分からなかったんだな」と思われるだろう。逃げ道はない。

 しかしそう考えると、この店員の事が少し気になり始めた。うす暗い部屋で1人、白いペンギンを見張らされている。せっかく憧れのルイ・ヴィトンに就職したのに、ペンギンを見張る仕事に就かされるとは思ってもみなかっただろう。逆に『ペンギンを見張る仕事』と聞かされて誰がルイ・ヴィトンで働いていると思うだろうか。水族館の方がしっくりくる。そして、この人は1日中この白いペンギンを見張っているのかと思うと、少しだけ不憫になった。

 同じ空間に店員と2人きりでしばらくいると、気まずい空気が流れている気がしてくる。耐えきれなくなった僕は、思い切って何か話しかけてみることにした。

「すいません……ペンギンの動きに規則性はあるんですか?」正直そんな事はあまり興味がなかったが、沈黙を破ることが目的だ。すると店員は「いえ、動きはランダムですね」と言った。僕には店員の表情が少し嬉しそうに見えた。久しぶりに人と話した、といった表情だ。

 僕は「そうなんですね。ありがとうございます」と返事をしつつ、このうす暗い部屋でランダムで動く白いペンギンを延々見張らされているから、ごくたまに激しく動いた時は「おぉっ……!」とか思うのかな。などと想像した。

 ここで僕の頭に1つの考えがよぎった。このうす暗い部屋の隅には白いペンギンが1つだけ置いてあり、1人の店員が1日中見張っている。これに気付き、店員を見ることこそがこのアート作品なのではないだろうか。かなりの暴論だが、現代アートにおいて、そういうコンセプトは往々にしてある。

 憧れの会社に就職したが、意にそわない仕事を与えられ、それでも日々仕事をしていく中でそこでのやりがいや楽しみを見つけていく。この部屋にはサラリーマンの全てが詰まっているのだ。そう考えると、今のストレス社会の日本においてなんと時代に合った作品だろう。と、その時、僕の中でかなりしっくりきた。

 アートスペースを後にし、ルイ・ヴィトンの建物から出た。次の仕事に向う途中で、その展示の事を携帯電話で調べた。するとそこには『地球温暖化により、南極大陸が溶けてできた島で白いペンギンを発見した。その島の形を音符に変換し、交響楽団が演奏。その演奏会で使った白いペンギンのオブジェを展示している』と書いてあった。

 アートは理解を超えてくる。即興で考えた答えもいいが、確実にそれを超える答えを用意してくれている。現代アートのそこが好きなのかもしれない。僕は仕事に向かう電車の中でそんなことを思った。

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次回の更新予定日は2019年2月8日(金)です。

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