僕の人生には事件が起きない
2023/03/10

引っ越しで隣人ガチャ失敗……騒音トラブルで悩んだハライチ岩井が見た迷惑な住人の撃退劇とは?

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イラスト:岩井勇気(ハライチ)

お笑い芸人・ハライチの岩井勇気による連載エッセイがパワーアップして再始動!「人生には事件なんて起きないほうがいい」と思っていたはずが……独自の視点で日常に潜むちょっとした違和感を綴ります。今回のテーマは「隣人」です。

引っ越しで多くの方が恐れる、隣人トラブル。マンションやアパートなどの集合住宅であれば、上下左右の隣人すべてにその可能性が潜んでいます。

引っ越しでハライチ岩井が経験した騒音トラブルと、迷惑な隣人に対する驚くべき撃退劇とは――?

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 引っ越す先の家を決める時は、できるだけ慎重に選ぶが、隣人だけは選べない。

 あるマンションに引っ越した時のこと、今思い出しても嫌な気分になる出来事があった。引っ越しの日、住んでいたアパートを引き払い、荷物を乗せたトラックは新しく住むマンションへ向かった。

 新しい家は4階建ての低層マンションで、1階から3階までは1フロアにワンルームが横に3部屋並んでいるのだが、4階だけ1フロアを丸々使った1部屋となっている。こぢんまりとしたマンションなので、4階の部屋もそこまで広くはないのだが、僕は空いていた4階の部屋に入居することにした。

 マンションに着いた引っ越し業者が、荷物を次々と僕の部屋へ運んでいく。僕はその様子を、リビングの邪魔にならないような場所で見守っていた。滞りなく作業は続いていたのだが、荷物が半分ほど家に入ったとき、ふと、ゴンゴン! と何かがぶつかるような音が響いた。周りを見ても音の原因はわからなかったが、他の部屋にいる引っ越し業者の人が何かをぶつけてしまったのだろう、とたいして気にしなかった。

 だが、しばらく作業が進むとまた部屋に、ゴンゴン! という音が響いた。最初と同様に、音の原因はわからなかった。この異音がもう一度するようなら引っ越し業者に何があったのか聞いてみよう、そう思っていると、程なくして作業が終わった。「荷物は以上になります! ありがとうございました!」という軽快な挨拶と共に、引っ越し業者は帰っていった。

 その後、僕は積み上げられた大量の段ボールの荷解き作業に入った。しかし数箱片付け、新たに1箱を運んで中身を取り出そうとした時、また、ゴンゴン! と部屋に響く音が聞こえてきた。

 引っ越し業者はすでに帰っている。周りを見てもやはり音の原因はわからない。だが、音は下の方向から聞こえてきたような気がした。違和感を覚えながらそれでも作業を続けていると、すぐに、ゴンゴン! という音が響いた。

 今回ははっきりわかった。音は下から鳴っている。しかも、下の階である3階に3部屋並んでいる真ん中の部屋のあたりから聞こえていた。さらにその音は、僕が荷物を床に置いたり、物音を立てた直後に鳴っているようだった。

 結果から言うと、この音、3階の真ん中の部屋の住人が、上の階から物音がした時に、棒のようなもので天井を、ゴンゴン! と突いていたのだ。引っ越し業者の作業では、家具や荷物を運び入れるので、当然物音がする。しかし業者が帰った後、僕はなるべく音を立てないような配慮はしていたので、3階の真ん中の部屋の住人が神経質な性格なのだと解釈せざるを得ない。

 その日は中途半端に荷解きをして作業を終えたのだが、次の日からも、床に物を落としてしまった時や、歩いていて少し足音が立ってしまった時に、ゴンゴン! と、下の住人が天井を突いてくることが続いた。

 とんでもない家に引っ越してきてしまった。内見の時には気付けない、全くの盲点であった。ある日などは、僕の歩いたルートを追い回すように突いてくることもあり、恐怖を覚えた。

 そんなことがあったので、僕は引っ越してから少しの間、この横に長い部屋の、真ん中の辺りはあまり使わないように過ごしていた。3階の真ん中の部屋の上を避け、生活スペースを左右に分けていたのだ。

 それから2週間ほど経ち、台所のちょっとした修復作業のために家に業者が来た。戸棚のパネルの取り替えだったのだが、そこに大家のおばさんも立ち会った。

 業者がしばらく作業をしていると、また下から、ゴンゴン! と突く音がした。恐らく作業音がうるさかったのだろう。しかし僕はここで、しめた! と思ったのだ。

 僕はすかさず横にいた大家さんに、「大家さん、今の音聞きました? 引っ越し初日からずっと、下の住人が事あるごとに何かで天井を突いてくるんです。引っ越し作業の時は目を瞑(つむ)っていたんですけど、最近生活音程度でもやってくるようになったんです」まさに現行犯逮捕の瞬間である。

 すると大家さんは「あー……」と困ったような顔をした。そして「実は……前の住人が出ていった後、私がこの部屋を掃除してる時も、同じように下から何かで突いてくる音がしてたのよ」と言ったのだ。

 じゃあ僕が入る前に言っとけよ! 問題のある隣人のことは入居する前に言わないとだめだろ! と、思ったのだが、僕は、ここで大家さんの心証を良くしておいた方がこの戦いの主導権を握れると瞬間的に判断した。グッと堪え「そうなんですか、大変でしたね。でもこのままだと僕も生活しにくいんですよねぇ……どうしたらいいですかね……?」と、下の住人に困り果てている人物を演じた。

 その姿を見た大家さんは「んー、わかった。なら今から下の部屋に行って話してくるわね」と言い、僕は「そうですよね」と返した。大家さんは下の階へ行き、15分ほどで戻ってきた。

「話してきた」と言う大家さんに聞くと、下の住人は年齢が20代後半のサラリーマンの男で、近頃仕事で在宅作業が多くなり、家でのストレスが溜まって少しの物音でも気になるようになってしまい、上の階から物音がするたびに腹を立てて箒の柄の部分で天井を突いていたのだという。

 理由はわかったが、同情できる理由でもない。それどころか、どんな背景があろうが、こちらとしては知らない住人のストレスの捌け口になってあげることに何の得もないので、即刻止めていただきたい。

 大家さんは「でも、もう止めるように言ったから大丈夫だと思う」と言うのだが、話し合いをその場で聞いていないのでどうにも信用できなかった。なので僕は「ありがとうございます。でも、もし……今後一度でも同じことが起こったらどうします?」と聞いた。

 すると大家さんは「じゃー、その時はすぐ私に電話して」と言った。「わかりました。助かります」と答えると、大家さんは帰って行った。

 それから1ヶ月は何もなかった。平穏が取り戻せたかと思えた矢先、ゴミ箱のゴミ袋を交換している時に、下から、ゴンゴン! と、天井を突く音がしたのだ。僕は下の住人が突いたことを確信したと同時に、大家さんに電話をかけた。そして「やりました。下の住人がまた棒で天井を突いてます」と報告した。

 電話口の大家さんが「わかった。ちょっと待っててね」と言ったので電話を切ると、しばらくして大家さんからかかってきた。電話に出ると、大家さんは「今、3階の住人と話をつけたんだけど、もう注意しても変わらないから、マンションの中で今空いている1階の部屋に移ってもらうことにしたわ」と言った。そして、その2日後には、3階の住人は1階の部屋に引っ越して行ったのだった。

 その後は下の住人による被害もなくなり、僕は再び平穏を取り戻した。何週間かが経った頃、家に帰ってきた時に、マンションの周りを掃除している大家さんを見かけた。僕は「こんにちは~」と挨拶をし、世間話程度に「前、僕の部屋の下に住んでたあの住人、どうなりました?」と聞いてみた。

 すると大家さんは「変わらず1階に住んでるんだけど……」と話し始め、その後苦い顔で「実は、またやっちゃってるみたいなのよ」と言った。やはりそういう人間は変わらない。箒の柄で天井を突く。そんな頭のおかしい行動に出てしまう人間に常識を教えても、効き目はないのだ。

 しかしそれを聞いた2日後の夜、マンションで大変なことが起きた。夜の12時くらいのことである。リビングでテレビを観ていると、外からドッドッという重低音が聞こえ出した。鳴り止まないので玄関を出てみると、ダンスミュージックのような激しめの曲がどこからともなく聞こえる。

 音の出どころを探ると、音はどうやら、天井を突いていた男の部屋の上の部屋からのようだった。その部屋の住人は若い男らしいのだが、友達を男女数人呼び、大音量でかけた曲に乗って大騒ぎしていた。

 僕は、この2階の住人はキレてしまったんだと思った。1階の住人が神経質になって日常的に箒で天井を突いてきており、友達を呼んだ日にもそれが頻繁に起こったので、ついにキレてこの真夜中の乱を起こしたのだと。

 2階のその部屋の辺りまで行ってみたが、大音量の曲と男女の騒ぎ声が、集合住宅とは思えないほど騒がしい。その時僕は、この騒がしい住人に対して怒りではなく、いけーーー!!! と、焚きつける感情が抑えきれなかった。元々1階の住人には恨みがあるのだ。2階の住人の大騒ぎに興奮していた。

 もっと騒げーーー! やっちまえーーーー! 僕や他の住人のことは気にするなーーー!!! と心の中で叫びながら自分の部屋に戻った。その真夜中の乱は5時くらいまで続いたが、長くなれば長くなるほど僕の気持ちは高ぶっていったのである。

 次の日、仕事に行こうとマンションを出た時、ふと1階のサラリーマンの部屋の窓を見ると、無残にもそこに掛かっているカーテンが滅茶苦茶に破られていた。僕はその光景に、2階の住人の勝利と、1階の住人の破滅を感じたのだった。

 まもなく、1階のサラリーマンはこのマンションを出た。それから2階の住人が夜中に騒ぐことは二度となかった。

 引っ越す時に隣人は選べない。僕が引っ越して1ヶ月半程度で平穏な暮らしを手に入れられたのは、幸せなことなのかもしれない。

(ハライチ岩井勇気さんのエッセイの連載は隔月第2金曜日にブックバンで公開。岩井さんが日常に潜むちょっとした違和感を綴ります)

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岩井勇気(いわい・ゆうき)
1986年埼玉県生まれ。幼稚園からの幼馴染だった澤部佑と「ハライチ」を結成、2006年にデビュー。すぐに注目を浴びる。ボケ担当でネタも作っている。アニメと猫が大好き。特技はピアノ。ベストセラーになったデビューエッセイ集『僕の人生には事件が起きない」に続く、『どうやら僕の日常生活はまちがっている』は2冊目の著書になる。

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