僕の人生には事件が起きない
2019/02/22

ハライチ岩井が「ショッピングモール満喫ツアー」で透明の化け物になった理由

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お笑い芸人・ハライチの岩井勇気による初めての連載エッセイ。お笑いのこと、ラジオのこと、アニメのこと、この世界のこと……独自の視点で日常に潜むちょっとした違和感を綴ります。今回のテーマは「ショッピングモール」です。

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第12回「ショッピングモール」


イラスト:岩井勇気(ハライチ)

 たまにショッピングモールで仕事をすることがある。ショッピングモール内のステージでやる「営業」と呼ばれるコンビでの仕事や、僕1人でやるイベントの司会などだ。

 営業の仕事は、基本的に20~30分程の時間を与えられる。芸人ごとにやることは違うが、ネタやトークだけでなくサイン色紙抽選会をする芸人もいる。割と東京から離れたショッピングモールでの仕事が多いので、テレビに出ている芸人が来るだけでそこそこ人が集まってくれるものだ。

 僕らの場合、最初と最後に1本ずつネタをやって、その間をトークで繋ぐという30分。繋ぎのトークはその土地の名産をお客さんに尋ねそこから話を膨らませるという事が多いのだが、何人かに聞くと大体1人は「蕎麦がうまい」と答える人がいる。そう言われた時僕は思う。蕎麦なんてどの都道府県でもそこそこ有名だ。“ありふれた名産品”なのである。だからお客さんが「蕎麦がうまい」と答えた時、僕は正直に「蕎麦はどこでも有名なんですよ」と言う。

 ゲームのイベントの司会の仕事をすることもあるが、その時はそのゲームのファンが大勢集まる。ゲームファンの熱量は凄まじく、対戦形式のゲームのイベントの時は、ショッピングモール内がまるでコロシアムのような殺伐とした雰囲気になる。しかしゲームがきっかけで掴み合いの喧嘩が勃発するようなことはまずない。現実世界ではお互い一定の距離を保っているのがゲーマーの性なのである。

 ショッピングモールで仕事をする日は、同じショッピングモールで昼と夕方の2回ステージに出ることが多い。そうするとどうしても1回目と2回目の間に空き時間が生まれる。短いと1時間半、長いと3時間程の空き時間が生まれる。大体の芸人は楽屋で過ごすか、ショッピングモールの外に出てご飯を食べに行く。しかし僕は、ショッピングモールというものが結構好きだ。色んなジャンルの店舗が集まっているというだけでワクワクする。なので空き時間はショッピングモール内の店を回るのである。

 先日もショッピングモールで、ゲームのイベントの司会の仕事があり、3時間近くの空き時間が生まれた。しかし3時間など、どうってことはない。僕にはショッピングモールがある。僕は楽屋で即座にステージ衣装から私服に着替え、ショッピングモールに繰り出した。まずは本屋に行き、次に電器屋へ。そして雑貨屋、楽器屋、フードコートを回るという最高のコース。「空き時間で行く! ショッピングモール満喫ツアー」である。

 その後団子屋を見かけ、「ふと見かけた団子屋で、団子を買って帰るのも風情があっていいな」と思い、抹茶団子を3本買った。そして抹茶団子の入ったビニール袋を持ちながら、さらにショッピングモールを歩いていると、1店舗くらいのスペースを使った「暗闇迷路」という期間限定でイベントをやっているスペースがあった。イベントスペースの前には看板があり、説明を読んでみると、真っ黒い壁で覆われたそのスペースは文字通り暗闇の中を彷徨う迷路で、お化けなどは出ず、とにかく暗闇を進んで行くらしい。

 少し気になり、覗き込むように入り口のあたりを見ると、おじいさんや、おばあさんが入り口や受付で運営している様子が見えた。地域のおじいさんおばあさんたちがやっているらしい。ショッピングモール満喫ツアーでショッピングモールを回ってきたが、まだ1時間以上の空き時間があった。人が誰も並んでいなかったのと、料金も400円で楽しめるようだったので暇つぶしに「暗闇迷路」に入ってみることにした。

 受付に行き、おばあさんに「1人です」と言い400円を払った。ついでに持っていた抹茶団子の入ったビニール袋を預けた。そして入り口のおじいさんから「真っ暗な迷路なので、右の壁に右手をつけながら進んで下さい」という説明を受け、迷路の中に入った。迷路の中は光が全く入らず、壁も天井も真っ黒なので本当に何も見えない。暗闇の中で右手を壁につけながら進んで行くのだが、目の前の壁も、ぶつかってからその存在に気付くのだ。壁についていない左手を前に出しながら進めば壁の存在に気付くだろう。しかし、得体の知れない迷路の中、手を前に突き出しながら暗闇を進む恐怖がわかるだろうか。極論を言えば、見えないギロチンが前にある気がするのだ。音もなくギロチンが落ちてきて手が切断されるかもしれない。そしてその辺に死体がゴロゴロ転がっていても真っ暗闇なのでわからない。暗闇の中、そんな恐怖心に襲われていた。

 壁にぶつかりながら迷路を歩いていると、入って1分もしない内に入り口の方から、おじいさんの「どうぞー」と言う声と、2人組の若い男のらしき声が聞こえた。回転率を上げたいのか知らないが、おじいさんは間髪入れずに次の客を2人入れてしまったのである。僕は、おじいさんちょっと待って、次の客入れるの早過ぎないか!?と思った。そして入ってきた若い男らしき2人はその暗闇迷路を、ゆっくり楽しもうという情緒もないのかどんどん進んでくる。僕は焦った。このまま追いつかれたら、暗闇の中で何も声を発していない僕にぶつかり、変な感じになる。そう思った僕は急いで迷路を進もうとした。しかし、暗闇というのは恐ろしい。焦れば焦る程、道がどうなっているのかわからず、壁にぶつかって訳がわからなくなってしまう。さらに、後ろの2人組は「あ、ここに壁あるわー」「あっ! ここ左に進めるっぽい!」などと、教え合って協力しながら進んでいるのだ。距離はどんどん詰められる。もはや暗闇を進む迷路ではなく、迫り来る2人の男から逃げる迷路と化してしまった。そしてもう僕の真後ろまで来た。そこで僕が「すいません! 前にいます!」と言えば、2人も僕に気づき、それで済むだろう。しかしそんな事はいくら何でも恥ずかし過ぎて言えない。2人は僕に気付かないまま進んできてしまい、ついに1人が前に居る僕にぶつかってしまった。その途端ぶつかった方の男の「うわぁぁぁああっ!!」という叫び声が迷路内に響いた。それにびっくりしたもう1人が「どうしたんだよ!?」と驚きながら聞くと、叫んだ男が言った。「……そこに何かいる」

 言葉を発しない暗闇の中の僕は透明な化け物である。「嘘!? お化け出ないって言ってたじゃん! え? どこ?」「いや、その辺……」2人は実体のわからない透明の化け物に恐れおののいている。その隙に透明の化け物は、物音を立てないようにするすると迷路を脱出したのだった。

 迷路から出て、後ろの2人が出てこないうちに立ち去ろうと思い、預けていた抹茶団子を受け取ろうと出口の近くの受付に行った。しかし、よく見ると受付のおばあさんが交代したのか、違うおばあさんに代わってしまっていて、僕が「団子を預けてたんですけど」と言うと「団子ですか? どこだろう」と探し始めたが、なかなか見つからない。もたもたしてるうちに出口から後ろの2人組が出てきてしまった。その2人組は明らかに僕が司会をやっていたゲームのイベントに参加するためにショッピングモールに来た、ゲーマーといった雰囲気の2人組だった。2人は出口を出るなり僕に気付き「あ、ハライチの岩井だ」「さっきぶつかったの岩井だったんだ……」という感じでこそこそ2人で話しながらこちらを見ていた。

 僕はショッピングモールが好きだ。ショッピングモールでの仕事も好きだ。しかし、ショッピングモールでの仕事の空き時間、ショッピングモールに行ってはいけない。その日、僕はそう学んだ。

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次回の更新予定日は2019年3月8日(金)です。

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